体育座りで思う
「おい、お母さん、おい、そんな格好で寝るなよ」
言われて気付けば、私、体育座りで膝をかかえ、そのまましばし眠ってた。
龍司が頑張っているから、コーヒーをふたつ運んで、ひとつは龍に、ひとつは私に。
そのままそこに座って、熱いコーヒーを半分ほど飲み、日付が変わる間際の時間に・・・・・・・その日最後のため息をつく。
(あー 今日も一日終わったなぁ・・・・・疲れたなぁ)
それから何を考えていたのだろう・・・・・
かかえた膝小僧と同じくらいの距離に子どもの顔があった頃、その子の目はしっかりと私を見つめ、力強くお乳を吸う。
ぷくぷくした小さな手は私の乳房の上に置かれ、その手はどんなアクセサリよりも誇らしく、またその場所に相応しくあり・・・・・少しお腹も膨れると、唇は動きをやめて、目は相変わらず私を見つめ少し笑い・・・・・笑うと、まだ飲み込まないで口にあったお乳は溢れ、むせかえり、それが可笑しいとでもいうようにさらに笑う。そこで私がそっぽをむけば、ちょっと悲しい表情をして、またあわててお乳を吸い始める・・・・・そうこうするうち、やがてすやすや眠りに就く。
なぜ、こんなことを思い出したのだろう・・・・・
そのまま私も眠ったようで、すっかり“無”になってた私が、そこで龍司の声に起こされる。
「おい、お母さん、おい、そんな格好で寝るなよ」
「はぁーびっくりした。意識不明に陥っとったね。でもお母さんも器用だろ、体育座りで一瞬にして眠れるんだから・・・・・」
「だけどそんな特技持っとっても、全校集会の時くらいしか使い道ないな」
「まあ、それもそうだ」
子どもはだんだん大きくなって、見詰め合う目と目の距離もだんだん遠のき、やがて目を見て話すことすら照れ臭く、冗談めいた会話で決着をつける。
この胸にあった小さな顔や手が、時に一人前の口を聞き、一人前に事を成す。母はそんな時、子の成長を頭でなく胸で思い測るものかもしれない・・・・・言葉のなかった頃、言葉などいらなかった頃がすでに遠い。
「おい、お母さん、おい、そんな格好で寝るなよ」
その声が、疲れた夜にはやさしく響く。
脇に置いてたコーヒーカップに、まだ少しぬくもりがあるから、私の居眠りは束の間であったのだろう。
乳首を含ませた時も束の間。子に声掛けられて起こされる幸も束の間。この一生もほんの束の間・・・・・
飲み干したカップを置いて、日付が変わって初めてのため息を、さらに深くひとつして、
「さあ、龍、あまり無理しないで、たまには早く寝なさいよ・・・・」
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