平成17年10月29日発行
<<No42>>
 <共栄区史編纂委員会>
編纂委員募集中、証言者大歓迎

大正元年
戸数 1(古野)
人口 8人

古野治太郎一家 
根尾村から、水利の良い横道へ入植。当初は、田の忙しい時は横道で暮らし、冬場は木曽のかきぞれで炭焼きをして生計を立てていた。家族は、治太郎さん、奥さんのみつよさん、長男駿一さん、長女たずえさん、たねさん、ひろえさんに加えて川口直さんが同居していた。また治太郎さんのお父さんが脳梗塞で寝ていた。台風で家がつぶれ、屋根だけの家でしばらく住んでいたと輿八さんが言っていた。(進さん)川口直さんは足を投げ出してわらぞうりを作っていたのを覚えている。(歌子さん)たねさんは21歳で亡くなった。優しい人だった。(玉枝さん) いずれにしても大正元年(1912年)から共栄区の歴史は始まることになった。