平成17年10月29日発行
<<No43>>
 <共栄区史編纂委員会>
編纂委員募集中、証言者大歓迎

大正2年
戸数 2(古野、林)
人口 9人

林輿八さんが武並の藤から移住して来た。林輿八さんは、当時の青年が夢見るように海外・ブラジルでの成功を考え、横浜で苦学をしていたが肺結核になり、家に戻って静養中にこの共栄を見つけた。当初は、現在の若森さんの所に住んでいた。井戸を道向かいに掘り利用していた。現在もその井戸は若森さんの家で利用されている。共栄区第一号の井戸である。しかし、この地での生活は一時で、しばらくして林輿八さんは、現在地(林進宅)の場所に居を構え、そこから横道へ水汲みに通っていた。