平成17年11月26日発行
<<No47>>
 <共栄区史編纂委員会>
編纂委員募集中、証言者大歓迎

昭和元年〜昭和19年 (16家族になりました。)
◆原浅エ門さんが大正15年に阿木川上より引っ越して来ました。この地で結婚しました。
◆昭和元年の頃に、田口時爾さんが蛭川より越してきました。◆昭和3年頃、愛知県稲武から小木曽麻二郎さんが引っ越してきました。奥さんはもとさんで、駿二さん、み津さん、杉男さん、みどりさんの6人家族から出発しました。当初、米が不足しよく西尾さんの所へ借りに行ったということです。◆昭和3年頃には原浅ヱ門さんの妹・千村みよさんが坂本より清さん、ときえさんを連れてきました。◆昭和5年頃、荻野俊さんが鈴木克一さんの住んでいた家を借りて住むようになりました。後に満州へ渡り、ハルピンとボタンコの間にあるイチメンパで満州鉄道に勤める林進さんに会い来てくれました。唐木公平さんと一緒に北安の方に行くと言っていました。昭和18年には横道に戻り、そこから出征をしました。(林進さんの話)◆昭和15年頃、西尾さんの西隣に渡辺さんが越してきました。きよさん、ふみさんを連れて来ました。その後さえさんと結婚しけんさんが生まれました。後にきよさんは満州で死んでしまいます。現在は、渡辺家は、共栄にはないがふみさんは看護婦になり岐阜で医者と結婚しました。