平成17年12月27日発行
<<No52>>
 <共栄区史編纂委員会>
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共栄の畑から出てくるヤジリ
 共栄地区に最初に足踏みれた人は誰で、いつ頃だろうか・・・・それを考えることが出来る証拠が右の写真です。
 右のヤジリは、林進さんが畑で見つけて大切に保管していたものです。共栄地区内の畑の随所からヤジリが発見できます。材質は、チャート、黒曜石、下呂石です。黒曜石は長野県諏訪郡下諏訪町〜長野県小県郡和田村に広がる和田峠のものです。一方下呂石は、岐阜県下呂市にある湯ガ峰から採れます。ヤジリは鈴木正敏さんの畑からも出てきたそうです。時代的には縄文時代で2千数百年から10000年程前だと思われますが、詳しいことは分かりません。土器は出てきません。共栄の近くで土器が出て来るのは、現在の古瀬医院の辺りや篠原坂の下辺りです。多分、ここに住んでいた人が共栄に狩りに来ていたのだと思います。かなり何回も、そして長年にわたって来ていたことが、膨大なヤジリの発見数からも分かります。その人たちは、直接ではないでしょうが、長野県の和田峠の人や下呂市の人と交易関係を維持していたことがヤジリの材質から分かります。
 こうしたヤジリで得ることが出来た物は何でしょうか。キジや山鳥ならこの大きさで充分でしょうが、イノシシのような大型動物は可能でしょうか。
 いずれにしても、この地域は野生動物の宝庫であり、それを追って狩人が行き交いする狩り場であったことが想像されます。
 ヤジリ以外では、右のような石斧を星が見で発見しました。磨製石斧です。これは木や根を断ち切ったりする道具ですが、当時の人の落とし物だと思えました。
 共栄地区は、100年前から人々が農業の対象として開拓に入った訳ですが、それ以前は狩り場として意味ある土地だったと考えていいでしょう。