平成17年11月26日発行
<<No48>>
 <共栄区史編纂委員会>
編纂委員募集中、証言者大歓迎

<唐臼(からうす>

 戦前、戦中に使われていたのがこの唐臼であった。米の精米道具。丸くくぼんだ石・陶製の臼を地中に埋めたり、木の臼を置いたりして、長くのびた柄を足で踏みながらつく。磨き砂と玄米を混ぜてつき、白米にした。小川が近くにある地域は水車小屋がその役割を果たしたが、この地域ではこの方法で精米をした。

 単調な作業だったので、本を読みながらついた人もいたそうである。

<藤臼(とううす>
 左のような物はもう現存しないと思われるが、臼を土と藤蔓で作ったものである。上下の臼は、赤土と塩を混ぜて固めたもので接触面は藤蔓で放射状にはりつけてある。(この形状は石臼と同じである。溝を藤蔓で作った)籾を入れると玄米と籾殻に分けられる。現在の籾摺り機である。この道具は、江戸時代のはじめに中国から渡ってきたと記されている。土摺臼とも呼ばれていたらしい。土で作ったものであるからもうどこの家にも残っていないだろう。

<戦前は横道と呼ばれていた>
 現在は「共栄」と呼ばれているが、少しさかのぼると「西山」が一般的で、さらに戦前は「横道」となる。この地域が、水の利がある横道から発展していき、住む人もほとんどが横道であることから由来している。