共栄物語
 

平成15年10月24日発行
<<No10>>
 <共栄区史編纂委員会>
編纂委員募集中、証言者大歓迎



四十近くでの応召。若い兵からビンタを
                    吉田一夫(明治40年8月22日生まれ)
 極めて僅かの期間であったが戦争に参加させてもらったことば実に得がたい体験をさせてもらったと思っている。
 四十近くなっての応召で、戦地へ行って若い兵隊にビンタをやられて教育を受けて、凄惨な悲惨な職烈な戦闘を展開した。日夜をわかたず戦場を疾駆して、進撃作戦行動につぐ戦闘を展開しっつ、琴丁江を渡って、南京から蘇州、上海へと、段々と南へ移動した。
 枇杷の実の喰える頃、杭州へ入り、大きな林の中に杭州大学があり、その一角を借り、無線機を据え付けて昼夜の別なく、「○○方面から○○方面へ」の中継を一人でやらされた。また、警備兵が交替で付いて極秘業務をやらされたり、対米戦闘の初年
兵(新人)教育を何か月もやらされた。
 いよいよ南方戦線に出発かなと取沙汰していた頃になって終戦となり内地へ帰還することが出来た。
(軍隊当時の写真は当時、全部焼却したため何もありません。)