共栄物語 
平成15年9月24日発行
  No2
 <共栄区史編纂委員会>
話す人、聞く人、うなづく人募集中



小木曽玉枝さんが持って来て下さった珍しい写真から話が始まった。「昭和一六年の頃、武運長久を祈って津島神社に集まって写真を撮った。」との説明。「真ん中の子供は林彰さん、林典子さん。」と次々と分かっていったがどうも共栄区以外の人が多いようでした。当時の行政区は、旧3区だったようで、そうしたまとまりで写真を撮ったようである。唐木さんが、他地区の人に当たって下さってずいぶんはっきりしたが、これは当時の人々を集めた非常に貴重な写真であることが判明した。これを、軍事郵便として戦地にいる息子達に届けたということである。
 大山歌子さんが、大事にしていた戦地からの便り(軍事郵便)を持ってきて下さった。林栄一さんから林歌子さんに出したものを読んでいると次のように書いてあった。
「兄より、最近撮った写真、津島神社前で大勢で一度にを兄より見せて頂き、歌子や澄子をこれどこの娘や聞いて笑われたり喜んだりの始末でした。」とラバウルで兄さんと再会した時のこ写真を見合った話したことが記されていた。
 一枚の写真と一枚の軍事郵便が結びつき不思議な気持ちになりましたが、戦地の息子達に確かに届けられ、励ましになったことが分かります。それにしても、こんなに古い手紙や写真を大切に保管していて下さったことに深く感謝したい。