共栄物語
 

平成16年8月24日発行
<<No21>>
 <共栄区史編纂委員会>
編纂委員募集中、証言者大歓迎

<ウサギの話>
 戦前、アンゴラウサギの飼育数は日本は世界一であった。それは、兵隊の防寒用に必要であったからである。
 共栄区でも多くの家で飼われていた。
 鈴木正敏さんの家でもウサギを飼っていた。正月間際に業者が来たので売った。皮を持って行き、肉を置いていった。寒いときに逆さにつるいておいて切って食べた。正月一杯はもった。業者は、毛を集め加工工場で織るということもやったそである。アンゴラウサギの肉は2kg、白ウサギの肉は4kgぐらいとれた。
 唐木さんは、ウサギのしっぽで耳当てを作ったことを話して下さった。これは、皮でもしっぽは、むけないので皮としての利用価値がないからだそうである。なめさないでベストを作った人もいたそうである。
 鈴木辰夫さんは、皮をなめさないで上着を作ってもらったそうである。皮はなめされていないので、かたくパカパカといったそうであるが大変温かかったそうである。

<ひょうたん池の思い出>                      
 戦前のことだ。ひようたん池の上の氷で夜、そりすべりをして遊んだ。すごく叱られたものである。氷が割れる音がする時は大丈夫である。シワッとする時が危ない。6月から7月の頃、うけびんで魚をとった。西校のそばの曽我一郎さんが来て、大バケツに2杯くらいとっていった。今はそういうことは考えられない。水が汚れたということもあると思う。(鈴木正敏さん)

 堤は遊び場として一級品であった。氷が張らなくなってしばらくたつ。(林栄一さん)