共栄物語
 

平成16年8月24日発行
<<No23>>
 <共栄区史編纂委員会>
編纂委員募集中、証言者大歓迎

共栄の産業
共栄の産業にも次のような歴史がある。(鈴木正敏さん)



 

 ◆林与八、栄一、進さんの場合
   桑 → 栗 → 栗苗 → サツマイモ → 落花生
 ◆鈴木正敏さんの場合
   桑 → 養蚕 → サツマイモ
 ◆小木曽俊二さんの場合
   山ごんぼう
 







 
◆穂波さんの場合
 大根をたくさん栽培した。木曽の営林署の飯場に持って行き、人夫の食料にした。大根漬けにして使ったのだろう。トラックで10杯程もあった。よく売れたので共同出荷になった。木炭車で運んだ。

<肥料>
 こえを馬車に乗せて運んだ。町から、専門でくんでいた人もいたのではないか。お礼は野菜だったと思われる。

<牛、馬>
 昭和15年頃から牛や馬を飼うようになった。兵隊から帰ってくる頃になると横道はどこでも牛を飼っていた。朝飯前の草を30kgぐらい刈ってきて食べさせた。道路脇の草も全部刈ってきた。サツマイモのじくも食べさせた。お蚕を飼っている人は暇がないので、お蚕の残渣、お蚕のフンも食べさせた。蚕のフンはカロリーが高く、牛の毛はピカピカ光り、よく太った。