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「今日ママンが死んだ。」で始まるのは、ご存じ“アルベール・カミュ”の「異邦人」です。 主人公(ん?グレゴール・ザムザは“カフカ”の「変身」か、何でしたっけ忘れちゃいました。物忘れが激しい今日この頃。)は、例の有名な台詞、 「太陽が眩しいから。」と殺人を犯し、母の葬儀で涙を流さなかったから非情な人間だと、死刑の判決を下されるのですが・・・・ 泣けません、て。カミュの国ではどうだか知りませんが、泣けませんよ。 先日、私の母が死んだ。長い間お休み頂きまして申し訳ございませんでした。 悲しむ暇さえないのですよ。葬式が終わるまでは。私だってそんなに非情なつもりはないのですがね。 忙しすぎるのですよ、家族は、ね。もう、亡くなったすぐ後からですね。 「通夜はどうするの?葬儀はいつするの?」だの、「あれはこれは?」と、とにかく忙しいのです。ホント色々有るのです。 あら、少々おかしいです。そう思います。変えていかなければならない風習でしょう。 ご存じですか?葬式ってのは“明治天皇”が亡くなってからヤルようになったのですよ。それまでは“式”ってのは無かったんです。 葬式行列みたいな物だとか、埋葬する時のお経は有ったのだけど、いわゆる式は無かったのです。 お釈迦さんの葬式がどんなのか何て聞いたことが無いでしょ。 ゴーダマ・シッタールダも葬式はあげなかった、と。 今回、死ぬことは本当に大変なことだと思いました。 簡単には死ねないと言うか、死なせてくれないと言うか。 医療のあり方に疑問も残りました。現在医療費の内いわゆる終末医療の割合が相当を占めてるらしいです。忘れてしまったので具体的には書けませんけど。 その辺りも含めて考える必要が有ると思います。寝たきりの治る可能性が無い人々の死期をを遅らせて、平均寿命を長くしても仕方ないのでは、と思ってしまいます。 現実的な話しをさせてもらえば、入院費等、金かかりますよ。 200万や300万の預貯金は絶対必要ですね。 人間てのは生まれると、それからは死に向かって行くわけで、何だかいかにも不条理に思えたりもします。 が、それが当たり前でして。何でやねん、とか言い始めても致し方なくですね。 まぁ、精神世界のこととかは宗教の人や哲学者に任せておいた方が良いですね。 私らしく俗な話しをさせて頂ければ、葬式宗教もおかしいし、終末医療のあり方もおかしいよと。 上手く死なせるのも医学かな、と思います。 生きようとか、生かせようと思うものだから大変だったり、患者も苦しみに耐えなければならなかったりするのだから。 死ぬことは大変と書いたのだけれど、生きてることの方が素直に死んで行くより大変かなぁ、て。 |