HOBBY

蕎麦の話し
秋も深まって来た今日この頃、さぁそろそろ新蕎麦の季節であります。今回も食い物の話しです。
ところでみなさんは蕎麦はお好きですか?私はそれはもう大好きです。今では、まねごとながら自分で蕎麦を打つほどです。
私にとって蕎麦と言えば木曽の蕎麦で有りました。黒くて太くて喉ごしなんてほど遠いような、でも香り高く、どれだけ食べても飽きが来ない、そんなね。
木曽の蕎麦も変わって来ました。新しく出来るお店は洗練されて来て、いかにも木曽路の蕎麦ばっかではなくなって来てます。確かに木曽のお店は特につゆはイマイチなんて所が多かったですから。
昔は家で打つ蕎麦をお店で出していたのでしょう。父、母から打ち方を学んだりして。最近お店を始める人は、修行に出たりしてね、料理人なわけですよね。どちらが良いか、それはもう好みの問題であります。

では、私はどんな蕎麦を良しとするか、と申しますと。私は食べ飽きない、何枚食べても食べ飽きない。そんな蕎麦を良しとします。
蕎麦は粋だなんて言って、ちょっとしか出さないお店。わかんないですよ。おいしいつゆに付けて、すすれば二口三口、それなりの蕎麦でしたら旨く感じますでしょ。
二人前、三人前食うわけです。そうするとダメな蕎麦は飽きて来るんです。美味いのはお腹ふくれても、飽きが来ないですよね。私の評価の仕方はそんなんです。乱暴なやり方ですかね。
でもね、元々木曽路では主食なんですから、「蕎麦は粋な物だ。」なんて言ってられなかったわけですから。

木曽には食えないほど不味い蕎麦屋さんって無いと思います。ところが、飛騨路には、こりゃひどいってのが有りますから。下呂温泉からちょいと高山市へ行った方に、さすがにつぶれましたけど、有りました。笑えるほど不味かったですから、あまりの不味さに一回食って見ろと薦めたほど不味かったです。
高山から蒲田川へ行く途中、小八賀川沿いのお店。前は白い割烹着を着たおばちゃんがやってて、朴の葉っぱに蕎麦をのっけて、まぁ美味しかったです。最近行くと、お店の中は綺麗に改装してました。それはいいんですが、おにいちゃんがやってて、注文して出てくるのがやたら遅いのです。「こりゃヤバイかな。」って思いました。なぜって言いますと蕎麦ってゆで時間短いですから。出て来たの見ると、綺麗に少しづつまとめて有るわけですよ。「こんなんする暇有ったら、さっさと出せよ。」って、こちとら思ってしまうわけです。少しでものびる前に食いたいですから、案の定不味かったです。ほとんどスーパーに売ってるゆで麺状態。「麺まとめるのそんなの覚えなくてもいいんじゃい!きっちり蕎麦打ち覚えんかい!俺が教えてやるよ。」なんて思ってしまいました。
例えば駅の立ち食い。例えば高速のサービスエリアの蕎麦。あれって結構いけるじゃないですか。手打ちから比べれば不味いはずなんだけれど、でも何だか美味いと。私は「まずうまい。」って言ってるんですが。世の中には結構「まずうまい」物って有りますよね。
でも手打ちをうたってる店で不味いのはゆるせんのです。自分で蕎麦打ってみてわかるのですが、普通に打てばそれほど不味くなるわきゃないのです。
人様からお金を頂く以上は、せめて素人より美味しいの作ってほしいものです。

中学の頃か高校の頃、「宮本武蔵」読みまして、武蔵が新蕎麦を食うわけです。確か2,3回。あえて新蕎麦です。「宮本武蔵って蕎麦好きだったんだー。」って思ってたわけですよ。若かりし私は。純ですよね。大人になってもう一度読んだ時そのことを思い出してちょっと笑いました。武蔵がそば好きでなくて吉川英治が蕎麦好きなんですね。