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“The Sweetest Swing in Baseball”
X-ファイルからもGillianからも少し距離を置いていたある日、友人からメールが届く。「Gillianがまたロンドンで舞台に立つ」。読んだ瞬間から胸騒ぎが止まなかった。公私共に変化する時期が近づいている中での渡航を躊躇っていた私に友人からの後押し。行かずに後々自己嫌悪に陥るのは避けたかった。ならば、行くしかない。早期の決断ではあったにしろ、久々に心が躍った。イギリス時間のチケット発売日朝(東京同日深夜)、ボックスオフィスに電話をかけてチケットを予約する。当初の予定は3泊5日だった為、2公演のチケットを全て希望通りに確保できた。後は友人が航空券とホテルをできるだけ抑えた価格で探してくれる。もう3度目ともなれば慣れたものだ。お互い役割分担して手際良く旅行計画を進める。ただし、前回と違っていたのは二人とも精神的には全く準備が出来ていなかった事だ。それ故に前回は日本で用意していった手紙は現地で書くこととなったし、Gillianのお土産はぎりぎり二日前に買い揃えたという具合であった。事前リサーチも不十分で、心の準備が出来ぬままの出発となった。(友人談:後押などということはしていないつもりです。あのメールを打つ前まで、私に渡航する気持ちは全く無かったのです。彼女自身の意思で渡航を決めたということだと思います。) 4月14日(水) 前回は真冬だったが、今回は初春のロンドン。飛行機が到着した時間でもまだ外は明るかった。ヒースロー空港から地下鉄(ゾーン1に入るまでは地上を通っているが、総称は地下鉄=アンダーグラウンド/チューブである)に揺られ40分ほどでナイツブリッジに着く。駅から地図を頼りにホテルへ。途中一度道を尋ねたがたどり着くことが出来た。チェックインの際にウェルカム・シャンパンで乾杯をし、部屋へと移動。兎にも角にも荷解きをしなければリラックスできない性質なので、早々とスーツケースの中身を空にしてしまう。そしてようやく空の旅から解き放たれた悦びを味わい、しばしベットに横になる。先ほどのシャンパンが効いたのか一瞬気が遠くなるのを感じた。気を取り直し、下見を兼ねて外出することにした。もう既に夕刻だというのにまだ太陽は沈んでいない。西陽が射すスローン通りを歩き、ロイヤルコートへ赴く。 ソワレ出待ち 時間が経過するにつれ緊張度が増幅してくる。公演が終了して、観客がゾロゾロと出て来てはステージドアに集まってきた。何人かは見覚えのある顔ぶれだ。かなりの 15日(木) 朝食の買出しにスーバーへと出掛け、予想以上の買い物をしてしまう。ホールウィートとマスカルポーネチーズ、そしてトワイニングのデカフェ・アールグレー(日本未発売?)この3種が4日間の私の朝食となる。(余談:アールグレーに関してはグレー伯爵のポートレートが入っていたが日本のパッケージには描かれていない)。海外のスーパーは食材が豊富で気がつくとたかがスーパーに長居してしまう癖があるのだ。ホテルに帰ってやっと朝食。この日は(と言うより全日程がGillianに会う以外に予定は無いに等しい)入り待ちまでの時間までホテルで過ごすことにした。事前準備が不完全だったのでちょうど良かったのだが、外は小春日和。お陽様を拝めるロンドンなんてほんの数ヶ月しか無いのだから少々惜しい気もするが、初観劇の為に体力を蓄えておかなければならないのでやむを得ない。まず、何よりも先に今日入りで渡す手紙を書かなくては。だが集中力が続かずに何度もスランプに陥る。その度にポテトチップを食べたり、運動したり。やっとの思いで書き上げたが何故かジョークばかりだ。つい日頃の癖で、一癖あるもの書いてしまう自分が歯がゆい。持参した日本風ハガキに清書して封をする。封筒を忘れたので、またジョークでホテルのものを使用した。やるべき事は終えたので、またリラックスタイムに。やがてGillianに会いに行く時間が来てホテルを出た。
二人共待つのはもう慣れている上に、待ち人がGillianだから全く苦ではない。色々と話をしているといつの間にか時間が経っていた。話に夢中になっていたせいか、気がついた時にはGillianが既にサイン小僧(セレブにサインをもらって売っている人々の総称)のサインを終えるところだった。私達は大慌てでその場を立ち去ろうとするGillianを呼び止めた。未だにご本人様に向かって、“Gillian!”と声を掛けるのは気が引けるのだが、こういう場合「すみません!」よりはマシだろう。こちらを振り向いて立ち止まり、快くサインに応じてくれた。
<初観劇> 第一幕 第一場 舞台が暗転にならず幕もない。まだ客席の照明すら消灯されていないので、少々騒々しい最中にGillian=ダナ・フィールディングが登場。話し声が止み、会場は静寂に包まれた。裸足で板の間を歩き回るGillianの表情が既に精神的に不安定であることを物語っていた。先入観にとらわれずに舞台を観たかったので、大筋(それもかなり初期)しか知らない。私は食い入るように舞台を見つめ、耳をダンボにしてセリフを一語一句逃すまいと精神を一心に集中させていた。スランプに陥り感情の起伏が激しいダナを見ていると、先程のGillianが嘘のように思われてきた。どんな役の時でもそうだが、ジリアン・アンダーソンという女優はこういったシーンでもの凄く映える気がする。表情や声色で細かい演技を要される役や場面を与えずにはいられなくなる作り手の気持ちが何となく分かる様な気がした。スカリー役やX-ファイルを引き合いに出されるのは本人にとっては嫌な事かも知れないが、同じ役を9年間演じて行く上で変化を要求されてきたからこそ、彼女の演技の幅がぐっと広がった様にも思われる。
第二場 一場との間に上手で衣装変え。あまりに近すぎて目のやり場が無くなってしまう。メンズのチャイナ服(真っ黒でドラゴンの刺繍とパイピングだけがグレー)をはおり、セッタの様なサンダルを履く。場面はダナの個展だ。ライバルの成功を耳にし、自分に対し憤るシーンに圧倒される。照明が少し暗くなると、コーナーのクローゼットに向かうダナ。包帯と思しき物を持ってきて中央に立ち視線を定めない状態でそれを両手首に巻きつける。その瞬間「リストカットしてしまったんだ」ということが解かり、痛々しかった。今度は薄いブルーのセーターを着る。かなりフィットしたものらしく、着づらい様子が伺える。 第三場 ここから少々コミカルになってゆく。精神異常者のゲリーが私にはかなりツボだった。真面目な顔をしながら、「おかしな」ことを言っているからもっとおかしい。冒頭でもジョンとダナのシーンでは、個人的に男優さんに少々不満を抱いてしまったが、ここに来て彼の本領発揮なのかゲリー役が妙に板についていた。 第四場 ダナがダリルを『演ずる』シーン。もうGillianが可愛くて可笑しくて・・・と思ったら第一幕終了。 第二幕 精神科医と話しているダナ=ダリルから始まる。特に気に入ったのが「誰がダナだって!ダナなんて女の名前じゃないか、俺を呼ぶときゃ、ダリルかザ・ストローと呼んでくれよ。でも俺的には母ちゃんがつけてくれたダリルが気に入っているんだ!俺の母ちゃんは聖人なんだ!」と言うセリフ。「デュード」や「ドク」といったスラングもGillianの口から出てくるだけで可愛らしく感じてしまう。 ラストシーン 今度は先程と同じ柄のチャイナドレスを羽織る。何ともセンスの良い着こなしなのだろうか。おまけに似合ってしまうから羨ましい限りだ。ロンダとエリカには1オクターブ高い声で会話し、観客としてはダナの様子が気になってしまった。だが、そんな不安はマイケルの登場でかき消される。アメリカの野球選手が友と交わす仕草(拳を合わせ握手する)をしたシーンでは、ダナではなくダリルになりきっていた。そんな男らしい振る舞いもまたキュートに見えてしまう。このシーンも私のお気に入りの一つだ。その後袖に下がりスウェットのジャケットを手にして再登場。マイケルに着せてもらう。(なぜあえて『着せてもらう』のかがはっきりしなかったが。)次のシーンでダナであった記憶が無くなっている事に観客は驚かされるのだ。ダリルを既に『演じる』のではなく、今のダナはダリルになってしまったということが明らかになったところで芝居は幕を閉じた。今改めて考えてみると、彼女つまりダナ・フィールディングは完全に多重人格者になってしまって、ダリルの方が主人格に変わってしまったという結末だったのかもしれない。 出待ち ファンである人もそうで無い人もステージドアに集まっていた。昼間は開いていたゲートが片方だけ閉まってしまうともっと人口密度が高くなり、前夜と同様の団子状態だ。列が無いというのは私にとってはかなり不利だった。人だかりに囲まれてGillianの姿は、見ることも出来なければ写真なんぞ撮るのは不可能だった。唯一のチャンスは自分がサインをしてもらう時のみ。ようやくその時が来た。脚本にサインをしてくれているGillianに一言、「舞台面白かったです」という素直な気持ちを伝えることが出来た。それを聞くと、円満の笑みを浮かべて「ありがとう」と言ってくれた。その一言は今まで聞いた中で一番心のこもった「ありがとう」だった様な気がした(あくまでも個人的な解釈だが)。その夜もまたフラッシュバックに襲われながら友人と杯を交わし、床に就いた。 16日(金) 今日も太陽がロンドンを照らしていた。午前中は別行動をし、私は懐かしいコベント・ガーデンへ行くことにした。数年間訪れなかった間にかなり変わっていて少々戸惑ったが、やはり大好きな場所だ。日本の表参道か代官山といったところだろうか。おしゃれなショップと人々、そしてカフェ。ブラブラするには打って付けのスポットだ。お土産を買い、大好きなパイを食し、満足したところでホテルへ戻る。時間より少し早かったが、やはりお芝居を観るのが真の目的であるから、疲労は禁物。出かける準備が整ったらくつろぎタイムをとって、少しでも横になって体が軽くなったところで出発だ。 入り待ち 昨日のように気付いたらGillianが来ていたなんて事のないように、2方向を手分けして見張っていた。私は車両を注意して見ていたところ、一台のフォードが劇場の隣のレストランバーの前で長い間停車しているのに気が付いた。が、太陽の光が反射して顔が確認できず。しばらくすると後ろのドアが開きGillianが携帯で話ながら出て来た。何度か冗談で「あっ来たよ」なんて言っていたものだから、最初は友人も嘘だと思ったらしいが、私の焦り様を見て本気だと分かって視線を向ける。電話中では話し掛ける訳にはいかないが、Gillianは私達がいるのに気が付いてくれた。そしてステージドアに向かって歩き、中に入ってから人差し指を立てて「ちょっと待ってて」の合図。第一シーズンの「氷」のワンシーンが本人で再現されてしまったのだ!そのしぐさだけでもう既に舞い上がっていた。今回は運良く待っていたのは私達二人だけ。通話を終えて出て来てくれたGillianを二人占め。緊張と喜びで挨拶すらしたのか思い出せない。まずはお土産を渡す。友人は着物地で出来た小さなバックを。大そうお気に召したらしく、「かわいいわね!」と言ってがま口を開けたりしていた。私は宇野千代さんのさくら柄の大きなハンカチを渡した。「とてもキレイね。ドレッサーに飾っておくわ」と言ってくれた。その一言がすごく嬉しくて「本当に!ありがとう」と答えた。そして、「今後は舞台に専念するんですか?それとも映画にも出演するんですか?」と尋ねると「映画も舞台も両方やって行きたいと思っているの。舞台はニューヨークも考えているんだけど・・・」「えっ、ブロードウェイ?」「そうね、でも劇場の大きさが違うから。悩んでいるとこなの。」みたいな会話を交わした。Gillianの言ったこと、そんなところだろうという程度だ。何せ私の方をじっと見て、真面目にいちファンの問いに答えてくれたという事実だけで、頭が真っ白になっていたのだ。おまけに終始イギリス英語で、これがまた私の知っていたGillianの話し方と異なっていた為戸惑ってしまったのかも知れない。ただ、私としてはGillianと話せただけでもものすごい進歩だ。情けない話だが前回はというより、この時までは「会話」というものをきちんと出来なかったからだ。もっと話しが出来る状況だったにも関わらず、私達はサインを頂いてさっさと去ってしまった。緊張さえしなければ・・・。恐らくGillianのファンで居続ける限り、私がいつものジョークや皮肉を言うような会話をするのは無理だと悟ったのだった。早めの夕食をとり、ほんのわずか休憩をしてからまた同じ道を通り劇場へと赴く。 <観劇> 舞台での特筆事項は、Gillianが昨日より涙ぐんでいたこと。一幕目の一場から目が赤らんでいた。もう一つ、ジョンのセリフ、「キッチンはブラシや絵の具で一杯じゃないか。寝室で座ってろって言うのかい?」のところを「寝室はブラシや絵の具でいっぱいだから、キッチンで寝起きしろって言うのかい?」と間違えてしまった。更に、ダナが座るはずのイスにジョンが座ってしまった為、少々立ちまわりが変わっていた。その後は大きな変化は無かったと思う。 出待ち 今回も同じ顔ぶれと、ミーハーな観客でスローン・スクエアー駅の路地はごったがえしていた。またしても最後の方にサインをもらう形になった。以前のツーショットを差し出すと、Gillianが「私、日本人に見えるわね!」なんて突然コメントをしたので、驚きながら「そうですか?」と答えると「絶対そう!」という返事。そして他の人にサインをしようとしながら「インクが滲んでしまうから気をつけて」などと気を使ってくれた。思いがけない会話が出来、嬉しさと緊張で足が震えていた。 今夜は良く冷えたアルザスの白ワインがお供だ。二人共会話というよりは、個々で回想してニヤけていた時間の方が長かったかも知れない。いつの間にかボトルが半分以下になっていた。それを飲み干し、就寝。 17日(土) 入り待ち 今日は私達以外に何人かのスペイン人がGillianを待っていて、時間の経過と共に人数は増加して行った。今日のGillianはスキムミルクのパック(取っ手が付いている)を手に持っていて目を疑ってしまった。後ろの方にいた私たちはGillianを呼び止めながら歩み寄り、サインをしてもらおうと皮ジャンの右腕を差し出すと、「ジャケットに?」と聞かれた。返事をしようとする前にGillianはもう書き始めていた! <マチネ観劇> かなりの観客が入っている為、この後の出待ちを思うと複雑だった。 マチネ出待ち 土曜のマチネなので、やはり今まで以上の人だかりだった! <ソワレ観劇> 今回の公演が観劇できる最後の公演だ。昨年2月の場合千秋楽であった為感慨深かったが、今回はまだこれからも公演が続くのであまり『最後』らしい実感は無かった。 ソワレ出待ち 大きな花束を抱えて人ごみの中を掻き分けて外へ出る。あらかじめ隣の席に座っていた方には終了したらすぐに出して欲しいと頼んでおいた。だがやはり、前方上手の席では誰よりも先に外に出ることは不可能であった。とにかく行列の中で花が潰れない様に頭上に掲げるしかなかったのだが、これがかなりの視線を集めてしまい恥ずかしかった。皮ジャン(“HYSTERIC”のプリントがバックに入った)に帽子を被って花束を持っている『日本人の女の子』なんて、さぞ滑稽に映ったであろう。 エピローグ まず行く気にさせてくれた上に、前回に引き続き今回も旅行手配をしてくれ、そして何よりまたも幸運をもたらしてくれた友人に多大な感謝を捧げる。そして毎回の事ながら、寛大な心でファンを迎えてくれたGillianに謝辞を。最後にご本人に言えなかった一言、「素晴らしい舞台をありがとう。また会える日が来るのを待ちわびています。」Gillianがまた舞台に立つ日が訪れることを願いつつ、このエッセイを締め括りたいと思う。 Stubb Cetus 2004.5.17 |