お薬師様、お地蔵様、石仏様、それからいい笑顔に巡り逢えた夏
販売管理ソフトの2000年問題対応ということで、このほどまた店で使っている事務用のパソコンを一新したので、古いのを自宅の方に持ってきて、ネットワークに加える。能力は低いが、どうにかこうにかホームページの閲覧やメール交換ぐらいには使えるので、名目上は次男専用機ということに・・・・・ でもLANでつながったが最後、龍司の思うようにあやつられることは目に見えているな、などと思ったのも束の間、もうLinuxなるものがインストールされ、すっかり龍司の支配下に。
十年前に家を建てた時は、一ヶ所だけパソコンの置き場所を想定してはいたが、こんなに置くことになるなんて思ってもいないから・・・・・もっともそんな頃に家庭内LANの構想なんて、誰も唱えてなかったし。私のも入れてこれでネットワークに四台つながり、部屋中いろいろなコードが張り巡らされ、見苦しいといったらありゃしない。今となっては、箸にも棒にもかからない龍司のための一号機が、お父さんのソリティア専用としてどうにかこうにか息ながらえていて、これを加えると食堂と居間に合わせて五台。これがいわゆる龍司のホームオフィスで、個室だったらとうてい収まりきらないほどの周辺機器やプログラミング関連の本なども多くの場所を取っているのです。ここは我が家のバブリックスペースなんだぞ、って言ってみても立ち退かせるための代替地もなく、こんな道楽息子をもってしまった因果とあきらめるしかないと、複雑に入り組んだ壁のコードを眺めるにつけため息。
ついでに書いておきますが、龍司の部屋がぜひ見たいと言って、デジカメで撮影した映像を送ってほしいとたびたびメールで要求してくる中学生だという某君、龍司の熱烈ファンを自称するあなたの要求がどのような興味に基づいたものなのかよくわかりませんが、龍司の部屋には、龍司の言うとおり、本当に布団と毛布しかないのですよ。たとえば机の上には辞書や参考書がずらり並んでいるとか、アイドルのポスターが壁に貼ってあるとか、エロ雑誌が押し入れの奥に突っ込んであるとか、そういうのいっさいなし。(もっとも今はデジタル情報があふれているから、これはひと昔前の男子学生像か?)このクソ暑いのに頭から毛布かぶって、お腹から下は出して寝る。タオルケットじゃ明かりが入ってと言うが、それは徹夜して昼間寝ようという魂胆だからで、夏休みは生活リズムが崩れっぱなし。教科書の半分は学校に、半分は通学鞄の中にポンポンに膨らんで入っている。個室は寝るためだけの部屋。それだって私が文句言わなきゃパソコンの下だっておかまいなし。こんな龍司のまぬけな寝姿もみたい?
龍司はこのオープンスペースで私の小言を聞きながら、お父さんのコテコテのおやじギャグに付き合わされながら、次男三男の兄弟喧嘩のとばっちりも受けながら、もくもくとソフトやホームページを作ったりしているのです。
そんな龍司のこの夏の目玉はというと、これがまた実に地味なことに興味を持ちまして、坂下町の紹介ページに郷土史を公開すると言うんで、意気込んでおります。
私達のお世話になっているプロバイダの運営するホームページに、ふるさとの民話を紹介するページがあり、中津川やその近隣の昔話が収められています。以前から坂下の昔話しも探してきて載せるといいねという話しがあったのですが、ちょうど先日、坂下の民話に詳しい、昔小中学校の先生をされていた鎌田宮雄さんという方にお会いした際お願いして、その先生の執筆された『ふるさと坂下』という本を譲り受け、ネット上に転載する許可を頂いていたのです。
私はその中の伝え話しの部分だけ、自分でタイプして民話の紹介のページにでも掲載してもらおうかと思って龍司に話したところ、龍司は郷土史のほうにも大変興味を持ち、
「こういう情報はぜひともネット上に公開して、いつでも誰でもほしい時にすぐ取り出せるようにしておかなければ・・・・・せっかくここまで詳しく調べてあるのだから、このまま本として埋もれているよりも、一般の人が簡単にひき出せる情報としてデジタル化しておく、ついでに現状の様子も取材して、『ふるさと坂下を読む』というような解説ページも作るといいね。」
といつもの龍司節となり、ついにその本を私から奪って自分のページにちゃっかり貼りつけちゃうことに・・・・・・さっそく本をスキャナーで読み取り、本文をテキストにするソフトを探し出してもう始めちゃった。
あらま、今は打ち直さなくても、そんな簡単な方法で変換できちゃうわけですか・・・・と、これが今様の温故知新。古きを尋ねるうち、それをネット公開する新しい技を龍司に教わる。読み込みの過程で多少変換のうまくいかない文字もあるようですが、タイプし直して新たに起こすより断然簡単。龍司はいつの間にこういう知識を仕入れておくわけ?しかも説明もろくに読まないでソフト開いてすぐ使えちゃうのはどうして?・・・・・だてで通信費たれ流しているわけじゃあないんだ、と少し感心。
とは言え、百八十頁もあり、絵や表、写真などもたくさんあるから、いくら技術の進歩を味方にしてもそう簡単にはいかない。何日も何日も、ひたすらスキャナーを動かし、コピー貼りつけしてはページを作り、夏休みはひたすらこれに没頭しておりました。
「うん、なかなかいいね、我が町の郷土史がインターネットで見られるの。こういうのは町民の財産なんやで、みんなで共有することに意義があるんや。こんなことに高校生活の貴重な時間を捧げる若者もまずおらんやろ、宿題やるより、町の文化財を後世にひろく伝えるという仕事のほうがどれだけ意義があることか・・・・・あー、いい仕事した、いい仕事した。本当は坂下町の図書館にある関連の町史くらいまるごと入れておくと、小中学校の教材にインターネットを利用して郷土史を学ぶなんてことにも使ってもらえるかもしれんのにねぇ・・・・パソコンと歴史が一度に覚わる。」
と、これもまたいつもの調子の自己満足。宿題やらない口実をまず打ちたてるあたりぬかりない。その上、伝え話しに出てくる現場を実際に行って確かめて、現状写真を撮ってくるとまで言い出して、うまいこと使われたのがお父さん。お地蔵さんやほこらは、町内の各所に点在するし、たいがい山の上の方にあるから、軽トラで走らされ二人して道なき道を分け入って、どちらがどちらを乗せたのか、乗せられたのか、お父さんも結構喜んでついて廻っていたみたい。
たしかに、母校の中学では二学期から新しいパソコンが入り、校内ネットワークの準備も着々と進んでいるとのこと、龍司が望んでいた学校内でのパソコン活用が現実になりつつあるので、教材としての利用もまんざら夢ではないわけだ。英単語と、数学グラフ作成ソフトと、郷土史資料の三本立てで母校にアピールできるってもんだね。
これからの若者は、パソコンくらい扱えなきゃって、パソコンの授業が必須となって、とにもかくにも操作方法くらい早く身につけなきゃ、Eメールだって・・・ホームページ作るくらいの能力だってほしいと、いろいろごちゃごちゃ上から言うより、子供たちは本来の目的さえ見出せれば、すぐ覚えてしまう。情報教育に大切なのは、操作方法の習得ではなく、見たい、知りたい、こうしたい、ああしたいの欲求、動機付け、個々の興味の掘り起こしだと思うのですが、どうも我が家の下の子たちは、その掘り起こしがうまくいっていないらしいく、家庭内情報格差はますます広がりを見せるばかり。龍司の始めたばかりの頃に比べたら、環境も整っているし、いつでも好きにパソコンが使えるのだから、もう少し自分で何か始めてみるという事もあっていいと思うのだけど、そんな気配はまったくなく、願いもしない龍司は龍司で、次から次とこういう手間のかかることに夢中、新しい試みに触手を伸ばす――――――― そしてとうとう、校内で行われた模擬テストまでさぼってしまった。
「授業は聞いていれば新しいことのひとつも覚わるし、教科テストはそのことの確認にもなるが、模擬テストで人と比べて出来るとか出来なとか計ってもらったって・・・・・なんだかねぇ・・・・・・ ものさしがね、メートル法の直定規しかないみたいで・・・・・ そんなもので計ってほしくないっての、たまには違うものさし持ってきて計ってくれって・・・・・・」
と、得意の屁理屈。何点、何点という競争意識のないところで勉強ということを考えている幸せなやつ。
夏休みでも、文化祭の準備やクラブがあって、これにはまじめに出ているそうで、担任の先生には、明日のテストはさぼると届けてきたそうです。こなかったら電話するぞーって言っていらしたそうですが、本当に行かなかったものだから呼び出しの電話がかかったけど、かかったところで反省の色もなく、確信犯で堂々としたもの。
ある方から頂いたメールに、受験勉強は、無駄を出来るだけ省いて効率よく点数を稼ぐことに力点が置かれているが、本来学問とは自ら、湯水のごとく時間を費やしてじっくりと行うものだというような話しがありましたが、じっくり型の好きな龍司が模擬テストを、敵対視するのも無理はない。無理はないけど、力だめしと思って気軽に受ければいいものを――――――
「まったく今時の高校生は何考えとるのかわからん。1日固い椅子に座らされて、あんなテストやらされて、腰が痛くなるだけやっつーに。もっと今のうちに勉強しなきゃいかんこと、いっぱいあるやろ!!
それに何、あのポケベルにメッセージ入れるときピッポッパ、ピッポッパってやる早業、携帯だって先生見てなきゃ授業中でもテスト中でも指先ものすごく器用に動かして送信する・・・あれ使いこなすの、パソコンより難しそう。そんな能力あったらもっと別のところに使えって言いたいよね。だいたい監視されてなきゃまじめに出来ないようなテストなら、受けても意味ないっちゅーの」
おいおいおいおい・・・・・まるでそこらのおじさんのぼやき口調だね。龍司は今時の高校生じゃなかったの?
『ふるさと坂下』をひとつひとつなぞるように転載する過程で龍司は、坂下町の故事についてより深い情報を求めて他の町史や地図をめくり、そんな伝えがあったのかと感心しては、現在の状況についても興味を持ち、新たなページ作りに話しをはずませる。
古い情報を掘り起こし新しいメディアに載せることで、本という固定的、平面的なものから、各所にリンクしたり新たな情報を加えることによって一冊の本が息を吹き返したようにどんどん増殖して面白い。どうやったら見やすくなるか、どうやったら少しでも引き出しやすくなるか、こういうことに思いをめぐらし、工夫したり考えたりすることがこの子の勉強方法であり、遠廻りかも知れないが、結果として確実に力となってきた・・・・・ 人はいろいろあっていい、こんな子もいていいという私の理性と、模試ぐらい文句言わず素直に受けてほしいという親心とが、またもや交錯する模試ボイコット事件。私にとっては事件だが、龍司は鼻かんだくらいにしか思っていない。何度こんな思いを味わってきたことか・・・・・・そのたびに私はこうやって書くことで自分を慰めてみる。
前向きに考えよう・・・・
一生懸命やっていればそのうちいいこともあるだろう・・・・
せっかく作ったのだから、その労力を出来るだけ多くの人に有効活用してもらえたらいいね。模試さぼってまで、贅沢に時間を使い、地道に調べ上げるこういう勉強法が、いずれは認めてもらえる時代が来るかも知れない。直定規のメートルものさしだけでなく、密度や濃度も計ってもらえる時代が来るかも知れない。
でもね、この夏一番の収穫はね、これを多くの人から伝え聞き、長年にわたり調査して一冊の本にまとめられた鎌田宮雄先生のご苦労はもっともっと上を行っているわけで、龍司にも先生のこの苦労がよーくわかったという事だね。整理・分類の方法や、その情報の価値が実感できたことも龍司にとっては新たな収穫。いい仕事したのは龍司ではなく、鎌田先生なのですよ。
先生は現在、ご自宅で農業のかたわら、椛の湖の近くの農場で都会の子供たちを集めて農業実習をさせる、農業小学校の校長もされておられます。こういう密度の高い仕事が出来る人にならなくては・・・・・調査・探求・発表などのノウハウもペーパーテストじゃ、なかなか身に付かないものね。
それから、現地を探し歩く過程で草に埋もれた地蔵のありかを、ご近所のお年寄りに聞いたりして、どの人もみな親切に教えて下さったそうで、そういうぬくもりを肌で感じたこともいい体験だったし、龍司が最後にまとめているように、坂下もまだまだそういう人情と自然にあふれた町だということ。夏休みの最終日には、鎌田先生を訪ねて、じかにお話しを伺うこともできてよかったね。
やはり何かしら魅力ある人と、直接逢ってお話しをするということは、その人のかもし出す雰囲気も伝わって、与えられるパワーは、ものを介して伝わる情報量とは比較にならないものがある。ネットでどんなことでも学べる時代が来ても、人は、人として生きることを、人から教わることが一番だと思うな。人との出合い、めぐり逢いは大切だよ、前向きに生きていれば、もっと前向きな人、心豊かな人とめぐり逢える機会も多い。
結果として龍司がこの本の転載で学んだことは、パソコンの技量向上ではなく、坂下の歴史や言い伝えだけでもなく、先生の人柄だったのかもしれない。だって龍司が撮ってきた鎌田先生の写真、とってもいい笑顔なんだもん。この夏休み、ところどころ赤字もあるけど、帳尻は黒字決算ということにしておこうかね。
「石仏やお地蔵さんの取材に明け暮れたおかげでさぁ、通学途中の文化財の立て看板や道しるべ、草むらにころがっている石まで最近妙に気になって・・・・今まで気が付かなかったけど、ついつい立ち止まって見ちゃうのよなぁ・・・・・・ねえねえ、こういうのって民俗学っていうの? 調べてみると案外面白いよね、"日本全国お地蔵さんマップ" とか作ったりするのもいいね。緯度・経度の入った地図のベース整えて、全国の人にネット上で自分の近くの、お地蔵さんを登録してもらうの、どう?このアイディア? クリックすると写真とか伝説がポップアップするの。お地蔵さんメーリングリストとかもいいよね・・・・・」
などと冗談飛ばす龍司。
まっ、栗きんとん食べながら、渋茶飲んで、石仏について語る高校生もいてもいいけど、その心と、ソフトウエアのデザインや処理時間の短縮にとことんこだわる心とは、どこでどう繋がっているのだろうか。
お薬師様、お地蔵様、石仏様、なんの信仰心もないこんな愚息ですが、お近付きのしるしに多少なりとも現世御利益がございますように・・・・・ 肖像権侵害だなんて、バチ当てないで下さいね。
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