• 美しい言葉・暖かい言葉 



       今日久しぶりに庭に出て見たら、もう椿のつぼみがふくらみ始めていました。
       こちらはようやく冬支度を整え、ますます体の縮こまる季節だというのに。


             赤い椿 白い椿と 落ちにけり 
                                 河東碧梧桐     


       そんな情景を庭に見たくて、家を新築してまもなく、赤と白の椿の苗を植えたのです。でも失敗でした。私が買い求めたのは、赤と白の品種が違ったせいか、赤のほうが先に 咲いて先に散り、そのあと白が咲き始めるのです。世の中思い通りにならないものです。
       花はどんなに美しく咲いても、まわりの花と競おうとはしないし、早く咲こうなんて思わない。赤い花と、白い花が、ほんのわずかの差で、はらっ、と落ちる瞬間の美、自然に出きたその場の情景こそ、美しいのですね。無理に作るはだめですね。そしてその感動を出きる限り伝えられる言葉こそ、美しい言葉なのですね。
        
       庭の椿は、まだそんなに大きな木ではありませんが、赤い椿も、白い椿も、時期が来ればそれぞれに重たいほどの花をつけ、精一杯咲き誇ります。
       極められた美などない雑然とした庭で、すこしずつ大きくなって行く木々。赤は赤で趣があり、白は白で味がある。並んで咲かないのを失敗と見たのはこちらの勝手で、これがうちの庭の自然な姿で、これがうちの椿の咲き方です。

       たとえばこんな、つぼみが膨らんだ程度の何気ない日常を切りとって、子供たちにも伝えてあげたいと思うのです、季節の移ろいや、花びらが落ちる瞬間の美やせつなさを、感じる心が育つようにと。人のやさしさや、ぬくもりや、美しい言葉、暖かい言葉を感じる心が育つようにと。





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        「子供には成長する力がたくさんあるんだから、心の病気や神経の病気や、とにかく病気だけに気をつけてやれば、自然に育ちますよ。早く花を咲かせようと思って、つぼみを開いてやってはだめなんです。まわりの空気を温かくしてやれば、つぼみは自分の力で開きますよ。子供の教育というのは、まわりの空気を温かくしてやることだけでいいんじゃないですか」      

       これは石川達三の『人間の壁』の中の一節。(新潮文庫上・中・下巻)
       子供の頃、まだ自分が保護されていた身にも、この言葉はとても心地よく感じられたのですが、思い通りにならない子の親となってみると、そしてまた、ここのところのお受験騒ぎなど耳にすると、殺伐としたこんな世の中だからこそ、一層この場の空気を温かくしてあげなければと思うのです。

       まだつぼみにもならぬ小さな芽を、塀の節穴ほどの小さな視野で、成功だ失敗だと振り分ける理不尽。成功って何?失敗って何? 

       我が家では学業成就の神様にすっかり見放されたような次男が、中3の終りを迎えるというのに、受験の緊張など人ごとのような子で、龍司にも増して先々の不安はつきません。でもこんな身の縮こまる寒い季節、寒い時代、せめてつぼみのうちは、暖かい食事と暖かい言葉で励ましてやりたいと思うのです、それしか出来ない親だから・・・・・・


      『お勉強は、早い段階で塾に通わせてでも、親が責任持って習慣付けてやらなければならない義務です。幼稚園の頃にコースにのっちゃえば、あとは楽です。それが何より子供のためなんです。奇麗ごとではこの世の中は渡っていけません。』


       へーえ、親にはそんな義務があったのですか。『楽』っていったい何なのでしょう。子の楽ですか、親の楽ですか? 奇麗ごとでは済まない世の中だからこそ、奇麗を探してはだめですか?



       無知で愚鈍な母親は、つぼみは必ず咲くものと、のんきに構えて待ちましょう。
       ごぼうを削り、肉を炒め、とうふ、里芋、大根、人参・・・・根菜のおいしい季節だね、大きな鍋にけんちん汁をたくさん煮て、さあ、お腹いっぱい召し上がれ・・・・・囲んだ食卓の湯気の向こうに、人様から頂いた暖かい言葉を、感じる心が育つようにと。人の傷みを感じる心が育つようにと。やがてそれぞれ味のある、大きな花を、咲かせて見せてくれるようにと。



       平成11年12月4日


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