お父さん部長就任!
携帯電話を持ち合わせていたおかげで即断即決、大事な商談がうまくまとまったというような話は、昨今珍しいことではありませんが、まさか我が家に卓球部が発足しょうとは、思いもしないことでした。
あれは今からひと月ほど前の、とある夕食時・・・・・話題は、子供たち3人のうち、誰が一番卓球が強いかで盛り上がっておりました。
中学時代、龍司も次男直樹も、卓球部に入っていたのですが、高校へ行ってから、龍司はパソコン部、直樹はバスケット部に入り、二人とも現役を退いてかなり時間がたっておりました。変わって、三男雅史が今年から中学に進み、同じく卓球部入部。
さてこの三人、わいわいがやがや互いに一番を譲らず、一度兄弟対決をせねばと、話も最高潮に達したとき、お父さんの、調子に乗りやすい癖がまたまた出ました。
「どうや、お母さん、この際店の倉庫の2階に卓球台を買って、みんなで卓球をするってのは・・・・」
「うん、まあそれもいいかもしれないけど・・・・」
と、私が言い終わるが早いか、食事の最中だというのに胸ポケットから携帯電話を取り出して、うちの取引先の問屋さんに、卓球台は入らないかと、もう電話をかけ始めてしまったのです。
きっと私の気が変わらないうちにと、先手必勝を狙ったつもりかもしれませんが、金物問屋に、そうやみくもに電話しても、卓球台を取り扱っているような会社はそんなにないだろうと思ったところ・・・・案の定一軒目は扱っておりませんという返事で、二軒目に電話をしたのが、これまた最初の所より確立の低そうな名古屋にある利器工具の問屋さん・・・・メイン商品は、刃物とか工具なんですよ、きっとないと断られるだろうと、子供たちと笑っていたところ、売るのはないけど、会社で長いこと使わないでいるのがあるから、取りにくるんだったら、あげると言われたのです。
まあ、世の中どこに卓球台がころがっているかわからない、言ってみるもんだぁ。しかもただ。さらにもう一軒、名古屋から毎週配達のある別の問屋さんに、引き取りを頼んで持ってきてもらうことにして、もののみごとに卓球台の手配をつけたから、お父さん、もうすっかり卓球部部長におさまって、満足満足。
卓球台到着は一週間後に決まり、弟たちは、スケッチブックを工夫して、得点板まで作って待っておりました。
実はこのとき一番泡くったのは龍司で、腕自慢したものの、卓球をやめてすでに3年近くになるものですから、本当は自信がなかったらしく、しかも、こんなに早く兄弟対決が実現しょうとは思いもしなかったことで、学校から帰ると、弟達が帰るまでの2.30分の時間差を利用して、壁に向かって、秘密の特訓をしておりました。
そしていよいよ待ちに待った台到着。先方の言われるとおり、やはり年代物だけあって、多少の不都合もあったのですが、そこは道具も材料も揃っている金物屋。金具を補強して、色を塗り直したら、新品同様見違えるほどの卓球台に生まれ変わり、さあ、いよいよ部活動の始まり始まり。
学校が早く終わったときは、互いに誰かもうひとり帰るのを待って、夕食前に一汗流してぱっこん、ぱっこん。お父さんが帰るのを待って夕食後、ぱっこんぱっこん。
時には私の母や弟まで加わって、お父さん率いる部活動は大盛況。
さらには、同じように現役を退いても卓球をやりたがっていた同級生がぞくぞく押しかけ、第二部活と称して、金物屋の倉庫か、貸し卓球場なのかわからないほどの賑わいぶり。
日曜日には兄弟三人で早起きして、倉庫の中をかたづけるのだといって、大掃除まで始めたから、まだまだがんばるつもりらしい。しかも床のぞうきんがけまでするという念の入れよう。
龍司の運動不足解消にも役立ちそうだし、兄弟の結束も益々固くなったようだし、これくらい皆勉強もしっかりやってくれれば、言うことないんだけど・・・・・いやいやそれより運動して疲れた分、学校で居眠りしてなきゃいいけど、かなり心配。
まあ、いくら心配しても今更どうなるわけでもないけど、さしあたって問題は球がよく紛失すること。廻りは商品がたくさん積まれているため、隙間に入るともうどこにいったかわからない。
三人寄れば文殊の知恵、そこでまた子供たち考えました。幅1メール、長さ30メートルのビニールネットがあって、これは最近、畑に出てきて作物を荒らす、いのしし防除のために農家の人がよく使う商品なのですが、それを倉庫の横幅に切って、3枚をたこ糸ではぎあわせてカーテンを作り、天井にワイヤーを張って吊るしたのです。タンパックルやSかんをうまく使ってなかなかの出来。
「これで将来、ネット張りの仕事だけはやっていけるよね、・・・・これぞ、ネットベンチャー! ネット職人。」
と、いつもながら、工夫して作るという行為に満足げな龍司。
なるほど、たしかにネットビジネス・・・・どこでもネット張りに参上します!って、ホームページにデカデカと広告でも出す?
お父さんは、とりあえず一位の座を死守して ―――――― これが意外、昔やった経験もないのに、なぜか卓球だけは出きるので、最下位雅史に毎晩、肩たたきと腰もみを強要しておりますが、お父さんにとって卓球部部長という地位は、父親としての権威を示す、最後の砦なのかもしれない。
それを知ってか知らずか、僅差でお父さんに花を持たすあたり、うちの子はみんな心やさしいってことにしておくと、すべてがまるくおさまりそうです。
「おーい、卓球やるぞ!!
誰かお父さんに勝つ自信のあるやつはおらんのかよー、
なんだよー、本当にどいつもこいつも弱いやつばかりだなー・・・・・」
あれー、メール一通書くのに、龍司にいろいろ教わりながら、キーボードと悪戦苦闘していた夕べの姿とは大違いだぁ。
最近、龍司の進めもあって、四国に住む兄や妹がパソコンを買ってメールを送ってくれるようになったので、口八丁の卓球部長もついに、指一丁で返事を書かなくてはならない窮地に追い込まれたのですが、キーボードの扱いもさることながら、悩んでいたのは、そこに書く内容。
『倉庫の二階に卓球台をおいて兄弟3人とおやじが毎晩練習しております
雅史が卓球部にはいったので皆で特訓です
家族皆わいわい楽しくやっています今が1番いい時かもしれません』
四国にいる兄弟に宛ててこんなメールを書くのに、2時間以上かかったという事実を知るものとしては、これは涙無くしては語れぬ一通。けっこう素直に書いたわね。
でもねえ、お父さん、せっかく"デス・マス調"で少しお上品に、父親としての熱き胸の内を初めて文字にしたというのに、送信したあと兄さんに電話して、
「おい、メール見たかよ、もたもたせずにちゃんと返事書けよなー、どうせ一通書くのに、2時間も3時間もかかっとるのやろう!」
って、先制攻撃かけるのだけは止めにしてくれないかなー・・・・・・まったく、うちの卓球三兄弟も、口が悪いのは父親譲りだわね。
それにしても、龍司の電脳化計画は、家族全員個別アドレスを確保、ついに親戚一同をも巻き込んで、メールで親族会議さえ出きるまでになりましたが、この子たちも将来、
『子供の頃には、よくおやじと倉庫の二階で卓球をしたものですね』
などと互いにメールを出し合う日が来るのだろうか。いや、それとももっと凄い媒体がコミュニケーションの主力になっているのだろうか。
変化する時代をまえに、今しばし、卓球に夢中になれるこんな時が、三兄弟にとっても、よい思い出として、深く心に刻まれますように・・・・・・旅立つ胸に、愉快な思い出をぎゅうぎゅうに詰めてやることぐらいが、唯一"おやじ"の財産分与。どんな時代がこようとも、互いに助け合える兄弟でありますように ・・・・・補い合い、支え合える家族でありますように。卓球の球音、今宵も快速。
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