• 渋茶いっぷく召し上がれ


       「同じように勉強してェ、同じように就職試験受けてェ、男女格差のないはずの、いわゆるそのー、一流と認められるような職場を選んだつもりだったノー。でモぉ、男女平等だ、機会均等だって、なんだかんだ言ったってサー、結局会社は、女の子にはお茶くみやコピーしかさせてくんないシィー、女だからお茶くみするのが当然だっていう目で見ているわけじゃん、なんか勘違いしてるよネー」

       って、なんだい、勘違いしているのはあんただろう、とテレビのインタビューを見ていて思わず言いたくなってしまった。
       こういう女性社員からの突き上げが面倒くさいから、彼女らの恨みつらみの入ったお茶飲むくらいだったら、いっそのこと、身内にも来訪者にもいっさいお茶を出さないという企業もかなりの数になっているらしい。これはこれで作業効率アップに繋がるという見方もあるけど、これをもって、「当社は男女平等の実現に、真剣に取り組む企業です」と大見栄切るには、これも大きな勘違いではないだろうか。

       入社当初から、たいした仕事が出来るわけはないのだから、お茶やコピーを頼まれたのだったら、ふくれっつらしてないで、精一杯美味しいお茶を入れ、精一杯美しく書類を整えてやろうという向上心がなくっちゃいけないし、いつまでもそんな仕事しかやらせてもらえないのだったら、会社の体質を非難するのでなく、自分にはその程度の能力しかないのだと早く気付いて、いち早く対策を考えなくっちゃいけない。
       本当に仕事が出きる人、まかせられる人に、いつまでもお茶くみばかりさせて貴重な労働力を浪費させるようなことは、いくらばかな会社だってやらないだろう。不満を並べる前に、彼女らは、「そんなことより、君にはこっちの仕事を頼みたいんだが、引き受けてもらえないかね?」 って、上司に言わせるような働きぶりを見せるべきで、その上で、仕事の合間に、さらに美味しいお茶を入れることが出来たら、これはもう完全に同僚男性を超えたことになる。平等じゃなくって、超越を目指せ、若人女史!!


       あれ、すっかりきついおばさんになってしまった。
       いるよねー、どこの会社にもひとりやふたり、こんな説教するいやなやつ ―――― って、思っているでしょ?



       私が高校を卒業して銀行に入った時まず教えられたのは、ほかの先輩行員よりも早く出勤して、始業前に机やカウンターのぞうきんがけ、スタンプや、印肉など、こまごまとしたものの清掃。そして、すべての男性行員にお茶を出すこと。
       仕事中、励ましにかこつけて上司が腰に手を回す、肩を抱くは当然のこととして、会議のあとなどのお酒の席ともなれば、「男なんて、大なり小なりみんな下心持ってんだから、もしいやなことがあったら、いつでも遠慮なく僕に相談するんだよ」などと親切気を出す人に限って、向こうに席の余裕があるにもかかわらず、こちらにつめて座ったりする。
       経済成長にともなって、女性が一人前の働き手として多くの分野に進出したけれど、今のような「男女平等参画社会」や、「セクハラ防止」などという、いかめしい戒律もなかったから、企業戦士にとっては、その特権を最大限発揮できた、まさに男性中心の黄金時代ではなかっただろうか。
       そんな中で、私は笑顔でお茶を配り、これを労働時間前の一番の使命と感じられたのは、私がただただ、無教養だったことの幸いと思う。女性がお茶を入れるのは、労働差別ではなく、当然のたしなみで、少しばかり男性が女性社員の体に触れることは、我慢しなくてはならない会社勤めの必須条件で、それをうまくかわして身を守ることぐらい、社会人としてのいろはの"い"であるという不文律が、労基法よりも上にあったし、何の疑いもなく信じていた。まして給与や昇進の差などは言わずもがな。それがあの時代の、末端で働く女性の一般的な姿だった。

       今女性は、これが大きな性差別であったと認識し、教養を高め、まとわりつこうとするいやな視線や触手は、法律を盾にしてその中で守られ、女性の労働環境は、ひと昔前とは比べ物にならないくらい確実に向上したように見えるのだが、女性の意識は、同じように向上したのだろうか。
       女性がいつまでたっても、社会の中で本当に平等・対等を感じられないのは、法律の不備や、長い間男性中心で来た社会のしくみばかりではなく、女性自身が、自己改革を怠っていることに起因する面だって、多いような気がしてならない。そしてそれが、結局は結婚して家庭を持ったときも、子育てに追われる時期においても、癒されない、満たされない不満を潜在させる原因にもなっているのではないだろうか。

       何よりも、そういう不満を持った女性に育てられた子は不幸だと、これは新説ではなく、すでに60年以上も前にパール・バックが記したことである。男女平等を手に入れたアメリカ社会での、それでも多い女性の憂いを、それがどこに起因するものであるかを理論立てて語ったその本は、銀行勤めをしていた頃の私に、日本女性とアメリカ女性の意識の違い、どうあがいても追いつけない意識上の先進国ぶりを感じさせてくれたものであるが、あれから20年あまりたち、さまざまな女性の社会進出を見、また冒頭に書いたような不満を聞くにつけ、過去にパール・バックが記したアメリカ女性の不幸と失敗を、忠実になぞっているような気がしてならない。

       その本、「若き女性のための人生論」(角川文庫 石垣綾子訳)の中で、パール・バックは、アメリカ女性を3つのタイプに分類している。

       第1は、聡明で努力を惜しまず、能力をできる限り伸ばして、社会の中で生かそうと考え、自らの生きがいを求めていくタイプ。孤独をえらび、思索と瞑想を経て、最後に表現の形へたどりつく。

       第2は、平凡だけど、仕事と母親の任務をはたす毎日の、肉体の労働で、気持ちも魂もほんとうに満足しきっている。かの女の四つのかべがくずれおちない限り、なんの不満もなく、多忙な、役に立つ人間で、やさしく気持ちのいい、そこになくてはならない人で、じぶんの役目を完全に果たして、本来持って生まれたおおらかさでまわりを暖かく包むタイプ。

       第3は、家庭的には恵まれ、高学歴を身に付けながらそれを最大限に生かそうとせず、自分の置かれた状況に常に不平不満を並べ、平等に社会参加できうる状況下であっても、うまくいかなくなったら女性であるという特権を振りまいてあわよくば力ある男性に寄り添ってその特権に安住しようとするタイプ。家事や子どものことにはとおり一ぺんの興味があるだけのことであるから、そうした家庭内の仕事を一とおりやってしまうと、時間があり余る。何かする精力も能力もあるのだが、それをどう使ったらよいのかわからない。この状態をますます困ったものにしてしまうのは、かの女たちはかなりの教育をうけ、ときにはすばらしい学問を身につけており、少なくともこのままでは不満でやりきれないと感じるだけの頭脳をもちあわせていることである。

       パール・バックは、おおよそこのような言葉で分類しているのだが、第1のグループは圧迫を無視してつきすすむことができる。第2は自分の仕事が楽しいから、特権で堕落することがない。ともにほうっておいても社会的になんら害を与えない安定した安全な市民だけれど、一番問題なのは第3のグループで、近頃アメリカでもっとも多くなってきたタイプだと言い、これを、常に不満を内在した『火薬の女』と呼んで痛烈に批判した。
       これが書かれたのが、第二次大戦が始まった頃とあるから、日本ではまだ確固たる男尊女卑の時代で、男性と女性が生まれながらに平等だという意識などなかった時代。そして私がこの本を手にした、今から20年ほど前はというと、よくやく雇用の平等化について議論が始まった頃で、日本がいくら先進国の仲間入りを果たしたと言われても、女性の意識はアメリカに数十年も遅れていることを強く感じずにはいられなかった。

       近頃では日本でも、まさに1のグループに属する女性、さまざまな場所で活躍する女性が増えてきたことは素晴らしいが、パール・バックの言う、救われない『火薬の女』が、かなりの数いるのも確かで、「私たちにはお茶くみやコピーしか、させてくれない」といって嘆く彼女らは、その第3グループの典型ではないだろうか。
       彼女らが、その甘ったるい口調を捨て、自ら気付いていち早くお茶くみやコピー仕事から脱却する対策を練らない限り、パール・バックの言う、『いざとなったら逃げ込む場所』 ―――  『女性という特権』を保険としているからだと見られてもしかたない。一部のその甘えが、いつまでも女性全体をさして、これだから責任ある立場はまかせられないと言わせてしまう原因にもなっているのではないだろうか。
       またパール・バックは、彼女らが望んでいたはずの『平等な会社勤め』に夢破れ、保険を取り崩して家庭に入ったあとの忠告までも、すでに用意してくれていた。


        ―――― 近代の聡明な、活動的な女性にとって、今日の家庭は充分なはけ口をあたえてはくれない。子どもがあってもそれだけでは十分ではない。子どもは欲しいし、また必要であるから、子どもをこしらえ、愛情を傾けて楽しみにはするけれども、子どものことで手一杯になるその短い期間ですらも、子どもだけでは満足できない。またどんなに大切な、心のあう夫でも、夫だけでは足りない。人生の伴侶に必要なものをほしいだけあたえてくれるにしても、生活にはそれ以上の何かがある。そこには個人の生命があるのだ。妻として母としても、また個人としても自分自身が成長をつづけ、より完全な人間となってゆくという自覚がなければ、よい妻にもよい母にもなることはできない。―――――


       家庭にいるとか、会社勤めをするとかの枠を越えて、どこにいても、この自覚なしには、常に不平不満をお荷物として抱えていなければならないことを、またこの不満の解決には、その個人が過去にどんなに高い教育を受けてきたかも、またその家庭がどんなに裕福であるかさえも、まったく意味をなさないことまで、パール・バックは強く念を押してくれている。


        ―――― 教養は、ひとりの人間がなにを知っているかということにあるのではなく、どんな人間であり、何をするか、ということにあるからである。
         だから、考える人間となるように女を教育するなら、女が生活全般にわたってみずから活動し参与することのできるようにする必要があるのだ。この役割を果たすことを許さないならば、その教育はなんという残酷なものであるだろう。女は簡単な家事を切り回すのに必要なことや、ちょっとした芸術を知っているという範囲にとどめて、それ以上に物を与える教育は避けるべきである。現在の方法は、冷酷であるばかりででなく、なんという無駄なことであろう。必要もないことがらを女に教えるために、費やされるお金はずいぶんかかる。男は娘を教育するために、わが身をすりへらしているが、娘たちはその教育を受けないほうが幸福であり、そして幸福ばかりではなく、女であることに満足するから、よりよい女となるであろう。(中略)
         一例をあげれば、あまりにも多くの不満を持つ女性が母親となっているので、その子どもたちに及ぼす影響ははかりしれない。気立てのよい、無知な、牛のように重鈍な女の方が、いらいらした大学出の女よりも、ずっとよい母親になれる。母親は幸福でないということを、大声で不平をぶちまけて子どもに知らせる必要はないであろうに。心にひそむ不満のために、そうした母親の周囲には、かの女の内緒の不満のために灰色の雰囲気がつきまとい、子どもたちは、太陽の光を浴びたように生長する快活さをうばわれている。―――――


       恐ろしいほど鋭いところを突いている。今の日本にもよくありがちな光景ではないだろうか。パール・バックは、けっして女には男と同じ教育は必要でないと言っているわけではない。アメリカの女性は、どの国にもまして高等教育と、それにともなって社会参加する機会を平等に与えられたのだが、女性が女性としての特権に甘んじているうちは、その教養は実を結ばない、そのことにいち早くめざめて自己改革をせよと説いたのである。そしてさらに続く。


        ―――― 幸福というものは、人間がもって生まれた能力と、あらゆる精力をかたむけて、機能を充分に働かせ、じぶんの使命を果たしたと思うときにその人にもたらされるものなのだが、それは女性がひとり残らず、家庭の外に出て、「何かをする」とか、職場をさがさなければならないとかを少しも意味するのではない。それはちょうど、わたくしたちが伝統にしがみついている現状と同じように、馬鹿げた一般論のあやまちとなるであろう。だが、女性は職業を身につけ、その力量に応じた部署で働くことができるようにしておくべきである。生まれおちたときの運不運で、一つの「領分」に運命づけられてはなるまい。――――― 


       戦時下で書かれたものであるから、今とは社会背景も大きく違うし、今のフェミニズムの考え方とは随分違う点もある。けれどもそういう時代差を差し引いても、また、かの大地を渡り歩いて、中国女性の生き方にも学んだという点でも、パール・バックの説には、興味深い点がたくさんある。
       もとより私のようなぼんくら頭では、学問としての性的役割やジェンダー論はかいもく理解できないものが多いが、また、えてしてそういう論争は、実際に、おしめを取り替え、授乳をしながらでも働かなければならないものにとっては、お守り札にもならないものが多い中で、パール・バックのこれらの言葉は、この片田舎の実生活に照らし合わせても、けっしてかけはなれた位置にはない。今もって古さを感じられないのは、日本女性の労働環境や社会意識が、まだ充分ではないにしても、パール・バックのいたアメリカの時代にようやく追いついてきたからかもしれない。

       彼女の言葉は最後にこう締められる。


        ―――― 存在価値を認めること ―――― これが幸福への途に通じるただ一つの大切なものである。男と女は結婚した相手だとか、親戚だとか、雇い人だとか、としてだけでなく、仕事をともにする人間として、この人間社会をともに運営する仕事にともにあたるものとして、お互いをほんとうに知ることができれば、相手の存在価値をそれぞれみとめることができる。つまりお互いにむかって、相手に求めるべきこと、それ以上でもなく、またしかしそれ以下でもないものだけを要求することである。(中略)
         自由な男と自由な女が、平等の立場から手をとりあって、ともに人生の課程を築きあげてゆくこと、これこそがデモクラシーではないか? ―――――


       学者、政治家の声猛々しく、新興宗教のお念仏のように聞こえくる『男女雇用機会均等』『男女平等参画社会』は、ただ唱えれば救われる教義とは違う。法的整備でこと足れリといった、他力本願の盲信を捨て、互いの信頼と、自らを向上させようという自覚の上に、築きあげてゆくものではないのか。
       社会人となった女性が、女性である前にひとりの人間として、なんの達成感も得られないまま、不完全燃焼の火種を持ちつづけていることの不幸を問わずして、その根本を省みずして、お茶くみごときで平等・不平等を論ずるのは、なんと不毛なことか。お茶くみに限らず、料理や、掃除、洗濯、育児など、男女分け隔てなく当番制にしたところで、得られる平等など、ほんのまやかしに過ぎない。平等感とは、単純に仕事を分担すればいいものでなく、心の負担をどれだけ分かちあえるかにある。社会制度が整うことも大切であるが、それ以上に、愛情や、思いやりや、ゆずりあいで解決すべきところが大きい。
       ひとりひとりが、その人の持って生まれたもの、または磨き上げた能力でもって、持ち場を果たそう。そしてそこに、互いの存在価値を認め合おう。
       何が何の上とか下とかでなく、誰が誰の上とか下とかでなく、あなたはあなたのできること、私は私のできること、お互いの立場で、最善を尽くす。それがあなたに与えられた、あなたができる仕事ならば、お茶くみさえも、あなたのキャリアのひとつにとりこんでしまえばいいだけのこと。これは女性論ではなく、男女隔てない生き方の、ひとつのスタイルでもある。


       かく言う私は、龍司社長の下で、いつもお茶くみばかりさせられている無能社員であるが、これが私にとっての存在価値であり、守るべき一隅と信じつつ、命ぜられるままに、おいしいお茶でも入れてあげよう ―――――― 本日は、パール・バックの歩んできた道の確かさと、気丈さに心おされて、渋茶いっぷく。

       甘い親とは承知の上で、濃いお茶を・・・・・
       我が子なれば、

       ―――― 人間がもって生まれた能力と、あらゆる精力をかたむけて、機能を充分に働かせ、じぶんの使命を果たしたと思うときにその人にもたらされる―――― 

       その幸福を願えばこその、
       渋茶いっぷく、召し上がれ・・・・・・



      『若き女性のための人生論』 パール・バック著 石垣綾子訳 角川文庫




      平成13年1月27日


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