• 帰ってきたウルトラ龍司



       7月末、大学の夏休みが始まって龍司帰る。あたりまえだ、2ヶ月もある長い休みだもの。
       そしてあたりまえのように、また以前と同じうるさい生活が始まった。仕事の都合で2.3度、ここと関東を往復したけど、ほとんどこちらに重点を置いた生活。アパートのサーバーパソコンはつけっ放しにしてきてノートパソコンのみ持参、こちらから操作してネット越しの作業だそうな。便利なのか、面倒くさいのか、よくわからない時代になったもの。ひとり暮しの侘しさを一気に吐き出すかのように、良くしゃべり、よく歌う。
       
       こちらもようやくフレッツ・ISDNの対象地区になったというのに、我が家に引かれたのは遅れに遅れて8月も半ばを過ぎてから。
       遅くとも7月の中旬にはという連絡だったのに、いつまでたっても音沙汰なし。そのうち「フレッツ・ISDNをご利用の皆様へ サービスの一時停止のお知らせ」なんてのがきて、おいおい、一時停止って、まだ何のサービスも始まってないよ、ってNTTに問い合せたら、工事の手配はどこかで留め置かれていたのに、我が家はもう開通したリストに加わっていたらしい。他に選択の余地もないところにこうだから、田舎はいつも割が悪い。
       通信は相変わらず遅いけど、それでもつなぎっ放しで作業ができるというのは有難いこと。でなかったら、龍司がいると、データのダウンロード時のアニメーションみたいに、お札がひらひらとNTTにむけて飛んでいくような光景が見えて気が気でない。この7年間、ずいぶんと飛んでいったけどこれで定額になるなら最後のお布施と、怒りを静める。

       こうなってみると、パソコンの前にくればメールを見たり、ついでにウェブ上をちょっと巡回したりがついつい長居。パソコンの電源を落とすことが極度に少なくなって、それは私だけのことではなく、お父さんも次男三男もとなると、家中のパソコンが常に起動状態で、龍司のアパートも交えてすっかりと、このネットワークが定着。
       店で使っているものとは、100メートルくらい離れたところを無線LANで繋がっていて、これらすべてのデータバックアップ体制をとろうと、眠っていたパソコンまでリナックスを入れて復活させ、どう見ても人のあたま数よりも、パソコンの台数のほうが多い。今度は電力会社に、ひらひらとお金が舞っていきそうだ。それにしても、この町一番のIT特区かもしれない。


       すでに向こうで、この常時接続状態を何かに役立てないかといろいろ模索しはじめていた龍司。夏休み前に一度、龍司のアパートに出向く機会があって、何か持っていくものはないかと尋ねたら・・・・・・・ステスターが欲しいだの、ペンチが欲しいだの、チェッ、味気ない注文しやがって。「お母さんの作ったロールキャベツが食べたい」とぐらい、ホロっとさせる言葉、言ってくれてもいいのに。また何やら昔の電気工作でも再開したのかと思いきや、秋葉原で部品仕入れて作ったものが、パソコンにLAN接続した温度計。自分の部屋につけている。

       以下は、龍司の口上。
       「温度計、温度計と言っても、そんじょそこらにある温度計とはちと訳が違う。今日の温度は何度かなぁ、というようにただ温度見るだけだったら、手元の普通の温度計を見たほうが早い。では何が違うかというと、今までの温度計では見えないものを見ようとするのがこの温度計。
       普通の温度計では、1度2度、せいぜい0.5度きざみでしか変化がわからなかったものが、パソコンでグラフ化することによって、0.1度きざみで読める。雲が多く出たとか、夕立があったとか、微妙な天候の変化が、線の変化にはっきり表れるわけよ、面白いら? 携帯電話でも見える。いつ、どこにいても、マイ・ルームの温度がわかるなんて、画期的やに。しかも1分ごとに最新の情報。どう、面白いやろ?」

       私・・・・「ぜんぜん面白くない。でも確かに、部屋に不在の時の変化は、外の天候がストレートに反映するし、在宅の時は、龍司が部屋に帰ったとか、寝たとか、起きたとか、クーラーつけたとか、切れたとか、はっきりわかるわ。相変わらず不規則な生活してるな、ってね。でも、だからどうなの」

       龍・・・・「このデータ、このまま取りつづけると、ずっとパソコンに記録されて、何十年でも簡単に蓄積できて、あとでどんなふうにでも分析できる。
       数字ばかりじゃなくて、たとえば、地震とか噴火が起きる前には、それ特有の推移の仕方があるとかが、わかってくるかもしれない。何か規則的な変化が見えてきた時には地震の予知ができるとかね。温度計で地震を予知しようなんて学者だって思いつかんに。そういう今までの常識ではなかったものとか、見えなかったものが、何か見えてこないかなあという実験。」

       私・・・・「飛躍しすぎ。いくら目をこらしてみても、地震の予見は無理」

       龍・・・・「まあね。でも身近なところでは、家電品と組み合わせて、独居老人の生活サポートとつなげるとか、何かこう、面白いものが出来そうじゃない。
       水道メーターや電気メーターと組み合わせて、節水、節電の監視機能を持った何かを作るとかね・・・・・・べつに温度じゃなくても、常に変化する何かをインターネットの常時接続環境を利用して監視したり分析したりする、そういう実験なんやて。
       何か、計りたいものはない? プログラム次第で、今まで莫大なお金がかかりそうやったものが、案外低コストで出来ちゃったりするかもね。
       たとえばね、今すぐにでも実用可能なのは、この温度計を車に積んでおいて、おすすめはパチンコ好きの若いお母さん。子供を車に乗せたままパチンコに夢中になっておっても、車内に一定の温度上昇があると自動で携帯電話にお知らせが行くようにしておく、これはすぐできる。3度上がったら、とか、5度上がったら、とかユーザー設定も出来る。どうこれ? これで幼い子の命が救えると思ったら安いもんやら。」


       そこまで気を使うお母さんなら、初めから子供を置いてパチンコなど行かない。いったい龍司の言うことは、どこまで大ぼらで、どこまで本気か・・・・ 話半分とはよく言うが、龍司の場合は話し三分の一、いや、十分の一。


       そうこうしているうち、夏休みが始まって当然のようにもう一基、自分で工作した同じシステムを携えて帰ってきた龍司は、これまた当然のように我が家のサッシの窓枠に電気ドリルで穴をあけ、LANケーブルをめぐらし、家の軒下に取り付けて、坂下の外気温を計測し始めてしまったのです。
       借家ではそういう無理がきかないので、本来の目的はここにあったわけで、そういう意味での実験であったわけかと、周到な作戦にしてやられたり。
       こうして坂下も龍司の温度計プロジェクトの支配下に置かれてしまったというわけです。

       龍・・・・「じゃ、これからこのデータをどう使うか、お母さんも何かいいアイデア出してよね。少しは何か面白いことに、これ使ってみようって気、起きんの?」

       うーん、
       ―――――― ついついそそのかされて私、

       「このグラフの高低をMIDIで、音符に変換して気温を聞くというのはどう?
      今日の気温はこんな音、今日の気温は音痴だとか、今日はいい音色だとか、坂下の気温がMIDIで聞けますってのは出来ない?」

       龍・・・・「おっ、それいいね、面白いねぇ。うん出来る、簡単簡単。ほーら、お母さんもだんだん変な人間になってきた、いいぞいいぞ、変な人間になってきたぞ・・・・
      本音楽の著作権は、坂下の気温に帰属します ―――――― 
       坂下町の温度は、作曲するんだぞー、音楽著作権もってるんだぞー、どうや、すごいやろ、って、みんなに自慢できるね」


       たまらない、龍司といると本当に変になってしまいそうだ。龍司がいなくなってやっとひとり静かに思索の時間を手に入れたというのに。思慮深い大人になろうと思ったのに。以前にも増して龍司の"変さ"がパワーアップしている。帰ってきたウルトラ龍司。


       まあ、温度計はお遊びの裏仕事で、こんなくだらないことばかりじゃなく8月いっぱいは、表ではまじめにプログラマーをやっていましたがね。
       中津川市の情報化推進室の発案による防災情報ネットワーク構築の仕事を受けて、市役所の担当の方とアイデアを出しながらがんばっていました。これはほんと。

       納入期限は防災の日の9月1日。ひと月もない。防災訓練には、試験運用することがすでに決まっているから、是が非でも間に合わせねばならない。

       ―――― 龍司は、言った。
       これなら、2週間で出来る。
       だが、作業は思いの他難航した。
       限界まで、がんばるしかない ――――
       (BGM = 中島みゆき)

       詳しい開発秘話はNHKのためにとっておくとして・・・・・・
       深夜、うちの電話がシステムの試験のために、
       「こちらは中津川市災害状況受付センターです、ピーっという信号のあと、あなたのお名前、場所、災害状況をお伝えください・・・・・」
       などと災害コールセンターになってしまったり、私のパソコンが突如裸にされ、中に入っていたモデムが盗まれたりするなど、多種多様な災害に見舞われましたがなんとか復興。
       大々的な防災訓練も無事終了し、ようやくこうやって落ち着いて書くことが出来るようになったというわけです。
       私がシステム構築を手伝えるわけではないけれど、うちにプログラミングする社長あれば、いって大丈夫かと聞き、うまくいかない時はオロオロ歩き、温度計はつまらないから止めろと言い、誉められもせず、にくまれもせず、そういう母に私はなってる。

       そのネットワーク、少し宣伝しますと、災害状況がどの携帯電話やデジカメを使っても即刻インターネットに公開できて、電話の音声も動画も載せられる、そして公開された画像や音声は、パソコンでもどこのメーカーの携帯でも閲覧できるというもの。要するにマルチメディア掲示板で、掲載された情報は、あらかじめ登録した人のもとに、携帯電話やメールを通して配信もされ、裏で動いている管理システムには機能もいろいろと盛りだくさん。(アールワイシステム広報部 = 私のもっかの所属部署。役職は自由に作成して多々兼任)


       そしてどうやら、まだひと騒動起きそうなきざし。
       たった今、私がこうやって書いていたのを眺めていった龍司が、本気で気温グラフのMIDI化にかかった模様。ああ、なんという変人龍司! きっとまた、諸説口上繰り広げ、私を遅くまで付き合わせるに決まっている。アイデアなんか出すんじゃなかった。
       うちを出て益々プログラミングの腕を上げたのはわかったから、いいかげんに一人暮らしに戻りなさい、ウルトラ龍司! 

       その開発能力が、みんなの暮しに役立つような、もっと最強で、本物のウルトラマンになって帰っておいで。がんばれウルトラ龍司。
       M78星雲のかなたまで、この愛届け、しゅわっちゅ!




      平成13年9月11日 ―――――― ウルトラの母より。


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