一研究継続課題『家コウモリ』
龍司の夏休みは、長年一研究、一作品に燃え、好きなことに取り組む夏休みを過ごして来ました。そのひとつに小学ニ年生の時の『コウモリのかんさつ』があります。
もうすぐ夏休みという、七月の中旬、私が子供たちを学校へ送り出して、さあ掃除をしようと、ニ階の部屋の窓に手を掛けると、網戸に何やらぺたりと貼り付いているものがある。ニセンチにも満たない大きさで色は黒く薄っぺらで、ちょうど味噌汁のわかめを貼り付けたみたいな感じ。恐る恐る良く見ると、手もある口もある耳もある・・・・・ん、コウモリ?
生まれたばかりで、親とはぐれたらしい、小さなコウモリでした。
こんな間近でコウモリを見ることは私も初めてでしたし、ちょうど龍司が一研究に何をやろうかと検討中のところで、しめしめ、飛んで火にいる夏の虫、いやいや夏のコウモリ、と内心ニンマリして飼育ケースに捕獲。コウモリ=哺乳類=牛乳 こんな短絡的直感でもって、すぐに食パンで小さな乳首をこしらえ、牛乳をしみ込ませて与えてみると、ちゃんと吸いついて来るのです。
帰った龍司に見せると、思惑通りこれを題材に観察記録を書くこととあいなり、もともと幼い頃から図鑑や本でいろいろ調べることが好きだった龍司にとっては、夏休み中恰好の材料となって、コウモリの種類や生態を調べたり、写真撮影や体重測定と、かなり細かく観察記録をつけました。
しだいに、牛乳でふやけたパンも食べるようになり、みるみる大きく育って、手のり文鳥ならぬ、手のりコウモリとして、とてもよくなついていました。
この観察記録は、岐阜県児童生徒科学作品東濃地方展入選、東濃教育推進賞とかいうのを頂きましたが、子供たちも、そろそろ離乳食の昆虫でもやらなければと話し合っていた九月下旬のある朝、まるで役目を終えて自ら身を引いたようにひっそりと死んでいました。
わかめのようにぺらぺらだったコウモリが、十倍も二十倍もの大きさに育つ過程を目の当たりにし、愛情もめばえた矢先の突然の死で、かなりショックを受けたようでしたが、あけびの木の下に手厚く葬り、コウモリの死がピリオドとなったような“ひと夏の経験”でした。
死というものの悲しみ、かえせば、命のはかなさ、大切さということまで薄っぺらなコウモリに学ぶ事が出来て、感謝。自分でいろいろ探求することのおもしろさ、奥の深さをも龍司に知らしめてくれて、感謝。どうもこういう探求ぐせが初めてパソコンに触れたときにも発揮され、現在に至っているようです。
が、これが、吉本家とコウモリ軍団との、長い戦いの序章であったことを、この時誰が知り得たであろう!
その頃コウモリは、新築の我が家を占領すべく、ひそかに、かつ巧妙に布陣を進めていたのであった!
家は平成元年夏に着工し、翌年の五月に完成して住み始めたのですが、家族のものがみんな寝静まって、私ひとり静かな部屋にいたりすると、一階とニ階の中間や、ニ階の天井裏で時々ぽつり、ぽつりと音がしていました。ニ、三十分に一回くらい聞こえる時もあれば、全然聞こえないこともあり、最初はすごく気になったのですが、それほど大きな音でもないので、なんだかなぁー・・・・・・と思いつつ過ぎました。
作りは一見洋風な感じもするのですが、純木造軸組工法で、土壁の上にサイディングが張ってあります。きっと、深夜冷え込んでくると気温差で、土壁の土のひとつぶ、ふたつぶが、ぽつりぽつりと落ちる音ではないかなぁと勝手に解釈していましたが、今思えば、これはコウモリが夜捕食のために出入りする時の音か、コウモリがはりついて土壁を落す音だったのです。
コウモリは私たちより一足早く、ひょっとしたら棟上げ直後に入居して、すでに我が家でひと冬を過ごし、そのうちの一頭が初めての子をなんらかの手違いで網戸に産み落していったものと思われます。
そんな事とはつゆ知らず、大切に育て、死を悼み、コウモリに感謝して一年が過ぎ、翌年の夏となりました。
部屋の中にニ、三度コウモリが舞い込んで来る事がありましたが、この時はまだ、なぜこんなにもコウモリに縁があるのだろう?コウモリの通り道かしら?くらいにしか思わず、捕まえては、また外に逃がしてやっていました。
天井裏の音は幾分多くなったような気もしましたが、それでもまさか頭の上にコウモリが住んでいるなどとは思いもせず、その年も過ぎました。
龍司の研究によると、種類はアブラコウモリ、別名家コウモリと言って、本州全体に広く分布し、人家の屋根裏などによく住みつくので、家コウモリと言われているそうです。成長しても、五〜六センチの大きさで、気温が下がると冬眠し、春また活動を開始する。初夏、子を産み、寿命は十年から十五年、昆虫やハエ、カなどを餌とするとのこと。
さて戦いの火蓋が切って落されたのは、コウモリの研究の翌々年からです。
雷が鳴って、大変に蒸し暑い春の一夜、その急な暑さのために冬眠からさめたコウモリが天井裏で一斉に羽撃きを始めたのです。
なんだ、この音は? 何かいる!
懐中電灯を持って、恐る恐るニ階の点検口をあけて天井裏をのぞくと、コウモリがいる!
目で見る限り、五.六頭(哺乳類なので頭?)のようですが、音からすると二十や三十はいるもよう。
翌日念入りに調べると、コウモリの通用口になっているのは家のまわりぐるっと何個所かあり、その外側に糞がたくさん落ちているのです。褄や屋根の裏板のほんの数ミリの隙間から出入りしているらしく、糞は一ミリくらいの直径で五ミリくらいの長さの黒い色をしているのだけれど、それが固まってどさっとあると、ちょうど挽肉が黒くひからびたような状態。
天井裏の壁の断熱材が、所々喰いちぎられたようになっており、そこへもぐり込んで、どうもロックウールのふかふかのベッドで快適な冬眠生活を送っていたらしいのです。一階とニ階の隙間にもいるようですが、数はあまり多くないようで、圧倒的にニ階の天井裏で繁殖していたようです。
その日を期に、寝ていると毎夜耳ざわりな羽音が聞こえて、その数もだんだん増えてゆくようで、何とかしなければ、このままではコウモリに占領され、コウモリの館になってしまう!
コウモリが住みつくと縁起がいいと言われる地方もあるようですが、コウモリ特有のダニを持ち、生きた虫を食べるため、糞尿は酸性度が高く、家を腐食させるとあります。(これも龍司の研究の受け売り)
とりあえず、バルサンで家中薫煙させてみようという事になり、一、ニ階の中間とニ階の天井裏に全部で六本くらい置いて煙らせてみると、コウモリは次々と出てきて、家の外の壁にはりついていたり、どこかへ飛んで行きました。
やれやれ、これに懲りてどこかへ引っ越してくれれば有り難いが、と思ったのも束の間、一晩ぐらいしたら舞い戻って来て、また天井裏でごそごそいっているのです。バルサンでは、コウモリに付随して繁殖するかもしれない、蚤やダニなどの害虫駆除にはなっても、コウモリにはまったく効きませんでした。
においに敏感というようなことを聞いたので、天井裏を歩腹前進で、香水をひと瓶、とくにコウモリの出入口付近にたくさん撒きました。せまい天井裏で、私まで強烈な匂いにどうにかなりそうなくらい・・・・・
けれどもやっぱりニ、三日たってにおいも一段落した頃舞い戻ってきてしまい、効果はありませんでした。
コウモリは超音波で行動範囲を確認する! 目には目を、超音波には超音波を!ということで、超音波でねずみを撃退する装置(?)を置いてみることに・・・・・
天井裏で電気を入れて、超音波調節つまみを廻してみると―――――
「ギャーー」
とかすかに、コウモリの叫び声が聞こえる。あっ、いやがってるいやがってる。
ところがこれもやはり、音波のでる一定方向にしか効かないらしく、カタログにうたってあるように、ひとつ置くだけで家中からねずみがいなくなる、というようなうまい具合にはいかない。いっこうに立ち退く気配もなく、ときどきのぞいて、その道具を振り回してやると、どこかで、「ギャーー」とひと声ふた声聞こえるだけ・・・・
そうこうしているうちに季節はまた秋となり、コウモリは断熱材にもぐり込んで休戦状態となりました。
とりあえず、出入りしそうなほんの数ミリの隙間を内側からシリコンで埋めよう!一応建築金物専門店なので、あらんかぎりの方策をいろいろと考えてみたのです。
一歩間違えば、天井板を踏みぬいて、下に落っこちるかもしれないような危ない所を這いつくばって、数ミリの光の差し込むような所を塞いでおきました。
そしてまた翌年。
コウモリは、三月下旬か四月ごろ、春雷があって、急に蒸し暑くなったような夜に、一斉に目覚めるのです。
ある夜、深夜一時を過ぎた頃、バタバタバタバタとニ階の天井裏で今までにない大騒ぎ、とても寝ていられるようなものでない。
前年、シリコンで隙間を塞いだため、それまでの通用口を失ったコウモリたちが、出口をさがしてパニックになっているもよう。その数五十は下らない。とにかく一晩中騒いでいたが、私たちもどうすることも出来ず、恐怖の一夜・・・・・ 明け方までにはどうやら、塞ぎのこした隙間を見つけて出て行き、除々に平静を取戻しました。
とりあえず、これで出入り口がだいたい定まってきたので、防鳥網をしかけてはどうだろう・・・・・でもそんなものにかかるだろうか、敵はかなり賢い。半信半疑で夕方屋根の雨樋から網をたらしておいてみました。
午後八時頃、一頭のコウモリがひっかかってギャーギャーいってる。と、見ているその前で次々と一斉に飛び出してきたコウモリがひっかかる。もっと深夜に活動するものと思っていたら、どうもこの八時九時台が出勤時間なのか、いつもの調子でなんの疑いもなく飛び出してきたコウモリが、十頭ぐらいひっかかりました。すると、その声であとのコウモリは警戒したのか、注意深くすりぬけて行くようになり、そのあとがさっぱりかからない。ひっかかったのを取ったほうがいいと、手袋をはめてこわごわはずそうとすると、相手も必至でもがくので、せっかくかかったコウモリも次々とすべってはずれて逃げてゆくし、結局三、四頭くらいを生け捕り。
かわいそうだけど、これを退治しないことには、今年の一頭は来年のニ頭、三頭になっている。そしてまた、どんどん増えてゆく・・・・・思い切って袋に入れて、翌日のごみ回収に。
「かわいそうなことするなあ・・・」
という子供たちに、
「みんなの健康と安眠を守るために、しかたないことなんだよ」
と言い、観察記録を付けていた頃の心持ちとはえらくかけ離れた感情に自分でも多少とまどう・・・・・
この調子で網にかかれば、かなり数が減らせるはず。と思いきや、やっぱりコウモリは賢い。その後五、六頭は取れたものの、ちゃんと学習して用心するようになり、網にはかからなくなりました。
この年は、全部で百頭くらいにはなっていたと思います。
定期的にバルサンを燻煙したり、音をたてたり、とにかくコウモリの住みにくい環境にしてやることで、繁殖をさまたげ、絶滅、全員撤退とはいかないまでも、こちらも安眠をさまたげられない程度の共存共栄をはからねば、といろいろ試みて現在に至り、今では五十頭くらいに落ち着いているようです。
ひと夏に三、四頭はどこかの隙間からまちがって部屋に入ってきて部屋の中をバタバタといってけっこう騒がしく飛びまわるので、帽子や虫取りの網を振り回して、みんなで捕まえます。住み分けはしっかり守ってもらわねば。
同居していると、相手の習性もかなり詳しくわかるもので、夏の花火大会のような時は音に怯えて、けっこう騒がしいし、冬、何かの間違いで這い出してきて、寒さのために、身動きできなくなって死ぬというのもニ、三頭は見かけるし、冬眠時でも完全に眠ってまったく身動きしないという訳ではなく、ときどきは羽撃きの音が聞こえます。ほんの一、ニミリの隙間でも、体を平べったくしてすり抜けるのには驚きます。
糞は外(一階の屋根の上)にする習慣になっているらしいので、家の中でするよりまだましですが、こわごわと屋根の上に登って、たまった糞を箒で掃くと、小さめのバケツ一杯くらいにはなります。はじめの頃は気になって、屋根の上もよく掃除していたのですが、最近では、慣れたというか、あきらめたというか、手抜きというか・・・・・しぶしぶ居住権を認めた状態。でも定期的な薫煙だけは欠かしません。これは、清潔を保つためだけでなく、
「私たちは完全に君等の同居を許した訳ではないのだよ」
という意思表示でもあるのです。
実を言うと、コウモリというのは、県の条例で捕獲禁止の対象になっているそうで、やむを得ず捕まえる時は、県知事あてに有害鳥獣駆除の届出が必要とのこと。ということは、私はすでに何度も県条例違反をやらかしているわけですが、そこんところは、住居不法進入とか、私有財産の不法占拠とかを盾にこれからも戦わねばなるまい・・・・・
春まで、ただいま休戦中。どなたか、強制退去の方法、あるいは繁殖をおさえる良い方法をご存じの方は、ぜひお教え下さい。これには本当に手を焼いております。
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