• 学問のすゝめ




       おーい、龍司、おやつですよー。
       今日は福沢諭吉『学問のすゝめ』の中の一節。

         『学問をするには分限を知ること肝要なり。人の天然生まれつきは、つながれず縛られず、一人まへの男は男、一人まへの女は女にて、自由自在なるものなれども、だだ自由自在とのみ唱へて分限を知らざれば、わがまま放蕩に陥ること多し。すなはちその分限とは、天の道理に基づき人の情けに従ひ、他人の妨げをなさずしてわが一身の自由を達することなり。』

       いいねえ、たまにはこういう現代口語では表現できない音感、ポンポンとした歯切れのよさを味わうのもいい。

        “つながれず縛られず、一人まへの男は男、一人まへの女は女にて”

       男も女もまずは平等に自由だとかかげておいて、(つながれたり縛られたい人も中にはいるそうだが)

        “ただ自由自在とのみ唱えて分限を知らざれば、わがまま放蕩に陥ること多し。”

       と肝心要を戒める。最近そこかしこで、「勝手だろぅ、ほっといてくれよ」と言って好き勝手にやっているやつが多いが、ここが肝心。自由と我儘とは時に見あやまりやすいが、けっして同化してはだめ。

        “すなはちその分限とは、天の道理に基づき人の情けに従ひ、”

       とは、守らなければならない人としてのモラル、世の中のルール。

        “他人の妨げをなさずしてわが一身の自由を達することなり。”

       人の迷惑とならないよう、真の自由を達する。言っている事はそう難しくないのだけれど、なかなかこれが実践ならない。学問の本来の目的はまずこの自由と我儘の見極めを自分でしっかりと出来るようにすることが肝心。知識はその上に積み上げるべし。なかなかいい味してるね、この一文。パソコンの合間のおやつにどうぞ、よーく噛んで食べてね。
                                   

       それでね、ふと思ったんだけど、この学問という文字をインターネットに置き換えてみたら、以外にしっくりはまって違和感ないんだよ。

      『インターネットをするには分限を知ること肝要なり。人の天然生まれつきは、つながれず縛られず、一人まへの男は男、一人まへの女は女にて、自由自在なるものなれども、だだ自由自在とのみ唱へて分限を知らざれば、わがまま放蕩に陥ること多し。すなはちその分限とは、天の道理に基づき人の情けに従ひ、他人の妨げをなさずしてわが一身の自由を達することなり。』

       とね。いくら情報社会と騒いでも、人の道の基本は変わらないということか。これからますますネットに関する、さまざまな問題が出て来るだろうが、あきらかに悪意を持った犯罪は論外として、この自由と我儘の見極めがつかないがためのトラブルというのもきっと無数に起こりうる。法規制だとかなんだとかで、学校の校則みたいに、細かく言われなきゃぁ守られないようじゃぁ情けない。法が出来たところで、守られないのがこれまた世の常。各々の判断で正しく使いこなしてこそ、成熟した文明社会の道具と言える。
       まずはこういうのを我が家のインターネット法の前文にかかげて、龍司もしっかり自己規制してくれという、遅ればせながら、『21世紀情報化社会を生きる』に対する意見なんだが・・・・・自由と身勝手の見極めがしっかりできるようにするためには、やはり無学ではだめ。おーい、夏休みの宿題もしっかりしろよーっと、本日の話題は紆余曲折をへて最終的にはこの辺に行き着く事になっている・・・・・・・“学問のすゝめ Internet Edition ”

       だが、夏休みもあと数日というのに、いったいどうするつもりなんだろ。自由にやっていいが、身勝手はだめだぞー! ついでに電話代も考慮に入れろよーっ。
       全身全霊を込めて、母は叫ぶ!

      福沢諭吉全集 第三巻 「学問のすゝめ」 岩波書店
               
      平成10年8月20日

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