わーいわーい、はるだ はるだ
主人の実家から宅急便で春が届いた。高知県土佐清水ではもう、えんどうが採れ、玉葱が採れ、大根なんか、おひさまの匂いぷんぷんさせた、切り干し大根に変身している。
春の訪れはここら辺りよりふた月ほど早く、野菜達はどれもきそって大きくなった事を誇るようにぷりぷりと輝いている。
玉葱は、さっそくきざんで水にさらしてオニオンスライス。近所の魚屋さんでかつおを一匹さしみにしてもらって、それが見えないほどに玉葱を盛る。刻み生姜に大葉しそをちらして、我が家の定番を山盛り頂く。
今度から龍司は給食がなくなり、お弁当を持って学校へ通う。
朝、フライパンに油を引き、えんどうをいためると、あざやかな青色に艶を帯びてパチパチと元気な音。塩こしょうをして、台所にたちまち青い香りが満ちる。
私が学校へ行っていた頃も、新学期にはよくえんどうのいためものがはいっていたっけ・・・・・そんな事を思いながら、弁当箱に春の元気をたくさん詰める。
たけのこ、たけのこ、
例の、おとうさんが耕すのをあきらめた学校の裏手の畑けにも、春が来れば忘れずにたけのこが出る。これを掘りに行くのは、すぐ近くに住む私の父の役目。
地上に突き出る前のたけのこを、足の裏でさぐって、つんと先っぽがあたったところを掘り起こす。三男の雅史がおともして、見つけた分だけもらう約束が、初物は三本きり。しかも雅史はいちばん小さなのが一本。しょげてる彼に、おじいさんが見つけた大きなのと交換。自分の手柄にして自慢げに持ち帰る。
これは刻んで、すこし水にさらした後、味噌汁の中に入れて、ほんのひと煮立ち、あまり煮すぎないのがこつ。しゃきしゃきした歯ごたえと香りを湯気の中にかぎながら、胃の中にも、胸の中にも春を取り込む。
初物は、儀式のように感激のうちに頂くシンプルな味噌汁であるが、一週間もすると、ニョキニョキときそって出始めるので、今度は大鍋であくをとりながら、じっくり煮込むのはおばあさんの仕事。だしがしっかりしみた熱々のたけのこに、これまた時を合わせるように、芽を出したばかりの山椒の青葉をひとひらのせ、口のなかで、この時期ならではの奥深い味が広がる。
桜が満開となる頃にはわらびも採れ頃、今年はいつもより早いよう。
夜中に雨のあった翌朝は、わらびやぜんまいが、ニ倍速、三倍速で伸びるので、日曜日にお父さんが子供たちを連れて山へ行く。龍司もこういう時は、むじゃきな子供で無心に手折る。私も以前はよく行ったけど、最近は手が痛むので・・・・・・と、もっぱら食べる方にまわる。ゆでて、灰をちらして、水に浸しておき、完全にあくが抜けたところを、きざんで花がつをと醤油をかけて頂く。
おもしろいことに、わらび採りをした日の夜は、目をつむっても、まぶたの中でわらびがいっぱい生えていて、手折る次から次とその光景が浮かんでなかなか寝られない。この子らがみな今晩はわらびの事を思って寝ついたかと思うとなんだか可笑しい。
ぜんまい、タラの目、山うどと、春は香りの食べものが続く。
食の豊かさとは、一流料亭や、レストランの中にあるのではないんだよ。素材の新鮮さ ―――― それも大切な要素だけれど、でもそれだけではまだ足りない。
お皿から口元までの香り立つ一瞬、箸でつまんだその一瞬に、意識するかしないかぐらい、ちらっと見え隠れするものがある。たとえばそれは、目のわるい四国のおばあさんが、えんどうの実をつるからちぎってかごに入れるしぐさだったり、雅史がたけのこを見つけたときの心底嬉しそうな表情とか、ぷくっと曲がったわらびの先に、きらっと光る朝露、手折る時の、ぽちん、と澄んだ音。そんなものをいっしょにほうばるから味がうんと増すんじゃないのかなぁ。最近そういう映像や音の付いた食材が本当に少ないものね、白いトレーに盛られて売られている食品には、そういう背景が見えないもの。
そう思うと昔の人は、お父さんが鉄砲で射止めたイノシシとか、格闘の末にやっとしとめたくじらとかを食していたわけだから、かなりスリリングなアクション映像を口にしていたわけだ・・・・・・苦労が見えるから、しっかり噛んで、無駄なく栄養にしないと、というような感謝の念も自然と湧いてくるんだね・・・・・・・
夕飯にわらびを食べながら、
「あのさぁ、俺、今日学校でわらびとりに行った話し友達にしたんやけど、誰もわらびなんか採りに行かんて言われちゃってさぁ・・・・・・今時家族総出でわらびなんか採りに行くのうちぐらいなんじゃないの?」
と次男。
「いや、俺の前の席のやつに、わらび採るかよ、って聞いたら採るって言っとった。ぜんまいも採るし、たけのこも掘るって・・・・・田植えもせんならんって言っとったで、うちよりまだすごい!」
と龍司。
まあ、こんなひと皿を介して楽しい会話がはずめば、これもおおいに味のうち。
わーい、わーい、はるだ、はるだ・・・・・・たくさん食べて、大きくなぁーれ、春の精気を一杯取り込め!
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