かぶと虫の観察 その1
洗濯物を干していると、末っ子の靴下に小さな草の実がいっぱい付いてる。ははーん、今年もシーズン到来だな・・・・・・・昆虫採集。
坂下の子はまだまだ、ポケモンのアイテムたくさん持ってるより、立派な角のはえてるやつをたくさん持ってるほうが鼻高々。人気者は何と言ってもミヤマクワガタやノコギリクワガタの雄、もう少ししたら、かぶと虫も羽化のシーズンに入るのです。
梅雨の晴れ間をぬって、道なき道を分け入って、蚊にさされても、すねにひっかき傷もなんのその、夢中でさがし廻って来るのです。
大物ねらいは朝飯前に行くのが常識。
「おい、誠と大輔、あした五時に行くって言っとったで、俺ら、四時に行って先に取ろうか」
昔からお決まりのクワガタやかぶとの生え場があるけど、みんなそこをめざすのでなかなか競争も激しく、子供たちがそれぞれ仲間同士で、虫取りの作戦を練ってる。が、ちょっと待った! 学校休みの日ならいいけど、平日そんなに早く出かけたら、学校で眠くなっちゃうよ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、あした晴れたら行ってくるね。昨日も学校帰りに行って捕まえてきたもん、コクワガタだけどね、三匹、イェーイ!」
いい顔して、自慢してくれるじゃないの・・・・それで靴も靴下も泥んこ、草の実いっぱいくっ付けて来るんだね。
責任感じて自分で靴洗って干して置くのはいいけれど、あんまり奇麗になっていないから、こっそり洗い直さなければならないんだけど、これもこの子の愛敬かな。しょうがないや、もう一、ニ年で虫取りも卒業するんだから。
龍司も小学校の低学年の頃は夢中だったんだ。子供達みんな小さかった頃、三人の喜ぶ顔見たさに、お父さんが軽トラに乗せてあちこちの山へ連れて行き、一時は大きな虫かごを作って百匹以上も飼っていたっけ。
ちょっと間違えばゴキブリだったかもしれないような姿の虫たち、どこがそんなに魅力なのか・・・って私なんか思うんだけど、子供にしてみれば宝なんだな、これが。
「おい、虫取りに行くぞー」
とボス猿が叫ぶ。すると子猿が押合いへしあい、どどどーっと転げんばかりに、あわてて車に乗り込む。狭い助手席にニコニコ顔三つ並べて・・・・・
だいたいうちのボス猿ときたら、こういう事にはちょっと桁はずれなところがあって困りもの。ある年、
「お父さん今度、店のお客さんの家でかぶと虫もらってきてやるでな・・・」
と子供たちに約束して、普通だったらこういう場合、五匹六匹、ちょっと多くて、十とか二十とか・・・箱にでも入れて持ってくる事を想像しますよね。
ところがなんと、もらって来たのはセメント袋ニ杯、中身はニ年越しの牛の糞。その中に、いるわ いるわ、でっかいかぶと虫の幼虫がうごめいているのです。
うはぁー、また悩みの種を持ってきたわぁ。どうするのこれ?
「どうするって、飼うのさぁ、これだけあれば喜ぶぞォ」
とお父さん、もう目の前に見えているのは、でっかいうじ虫ではなく、子供たちの満面の笑顔。
庭の一角にセメント袋をどさっとあけて、それからみんなでこつこつトントン、底のない畳一畳くらいの小屋をかぶせるように作りました。人も入れるくらいの出入り口も付け、大型犬でも飼うようなたたずまい。
ざっと数えて二百以上の幼虫。牛の糞は休耕田に山のように積み上げられていたらしく、自然発酵して幸いそんなに臭いはなかったものの、それでも糞は糞。そのひと山ふた山、まるごとかぶとの幼虫が入っているらしく、好きなだけ持ってけと言われて、とりあえず隅のほうから袋にニ杯、スコップですくって来たとか。
待つ事しばし、七月の中旬から続々と羽化が始まり、大きな虫かごも所狭しと思えるほどになったのです。
途中待ちきれず子供たちが何度も掘っては覗くので、奇形のかぶとも出たりしましたが、幼虫から成虫への変態の過程をつぶさに見届ける事ができました。
餌も特製、それ前のクワガタ百匹の経験も生かし、安く大量に手間いらずに作る法。黒砂糖、酢、酒を入れて煮溶かしたものに、人が食べるより少し軟らかめの寒天液を加えて鍋いっぱい煮て、小さな容器にいくつも分けて固めて冷凍しておき、適宜解凍して与えていました。これだとひと夏千円か二千円くらいで済むのです。最盛期には一晩で弁当箱ひとつぶんくらい、ぺろっとなくなるのです。
昼間は成虫も木の下や、土の中にもぐっていますが、午後四時か五時頃から序々に活動を始め、十一時頃になると、ますます活発に動き廻り、餌を食べたり、かぶとというかぶとが一斉に交尾を始めるのです。そしてまた朝八時頃までには土の中に隠れます。
もう子供たちは大喜び、いえいえ、その・・・交尾にではありませんよ、たくさんいる事に大満足。友達も毎日のように見に来て分けてあげたりして、さながら我が家は昆虫園。
困り事はひとつ、臭いがひどい事。一晩活動してまわった後というのは、独特のつんと鼻をつく臭いがするのです。それで毎日、かぶと達が退散したあとの小屋をホースで水をかけて洗ってやるのです。庭でよかった、まるごと水洗いなんて、どんな大きな飼育ケースでも出来ない。
クワガタは飼育の仕方によっては、何年も生きるそうですが、かぶとはひと夏で死んでしまいます。小屋の住人もだんだん減って、夏が過ぎて行きました。
これだけたくさんのかぶとがいたのだから、次の年もきっとその卵が育つに違いない。そう信じて、龍司は翌年パソコンでソフトを作りました。雄雌の羽化割合をグラフにしたり、個体の生存日数などを記録・管理するソフトです。これで本格的にかぶと虫の観察記録をつけようというわけ。でも、天候不順や、餌となる堆肥不足のせいか、幼虫はけっこういたのですが、羽化したのはほんの数匹で、パソコン管理するほどに至らず、計画倒れに終わりました。もちろんこれも、夏休みの一研究のひとこま。
今思えば、本当に単純で小学生らしい(?)ソフトだったんだけど、そんなこんなが、今につながってきてるんだね。ソフトウエアは自分の生活に即して身近な事柄からこつこつ、という願いはここが原点だった。計画通り行かなかったけど、無駄ではなかったね。少なくともお母さんの心には、何年たっても、こうして思い出としてちゃんと残っているんだもん・・・・・お父さんが、牛の糞かついで持って来たのと同じディレクトリにね。
事の大小によらず、『創造』という行為は大切で素晴らしい ―――― それまでの真似事だったソフト作りが、既成でない、初めて『創造』をはたした一作だった。どうかこの『創造』という2文字、思いっきり拡大してアンダーラインもつけて、パソコンではなく、生身の頭にしっかり保存しといてね。
龍司も毎年毎年、夏休みにはいろいろな事やったんだなぁ・・・・よっ、夏おとこ、龍司!
でもどう見ても、年がら年中、春霞かかってるみたいだけど・・・・(上げたり下げたり今日も変ちくりんな文章書いてしまった)
今年の夏はどう過ごすんだろう・・・・・霞吹き飛ばして頑張ってね!
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