かぶと虫の観察 その2
前述のかぶと虫を大量飼育した一件で、あの年私は筆舌に尽くしがたい (と言いつつも試みるが)出来事を目撃して、ちょっとぎょっとした事があったんです。
ある朝、かぶと達みんなちりぢりばらばら、地下にもぐったというのに、ひと組のカップルが交尾したままいる。どうしたんだろう ―――― 気になって、昼すぎ見に行っても、やっぱりそのまま。
雄は動いているけど、雌の様子がおかしい。よく見ると、雌が死んでいるのです。かぶと虫の腹上死、いや、腹下死(?)というか・・・・・
かぶと虫の雌の生殖器官は普段羽根の下にしまわれているのですが、交尾の時には羽根がずれて、お尻がうしろにつき出たようになるのです。雄の伸びた器官がここに差し込まれるのですが、どうした事か、このままの状態で雌に死なれて、まさに“のっぴきならない状態”にあるのです。
かわいそうに、雄はもがいてみるものの、しっかり合体して抜けないのです。夕方になってもそのままで、餌を食べる事もできず、どうみても気の毒の一言に尽きるので、なんとか離す方法はないものかと、手にとってちょっと引っ張ってみたうち ―――――
ああーっ、なんと、・・・・・・・・・・もげた!
離れたには離れたのですが、抜けたのではなく、雄のそれが、根本からぽろっととれてしまったのです。ああーっ、ごめん! 悪気はない、悪気はないよ許してくれーっ、と言ってみてももうかえらない。やっぱりそのままにしておくべきだったのか、そんなふうになったせいか、雄もじきに死んでしまい、何とも後味の悪い思いをしたものでした。
数えてみれば、ちょうど今年が七回忌。ここはひとつ供養のために、あのかぶと虫のいまわの声を、最新の翻訳機で再生してみましょう。
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『こんなかぶと虫もいた事を忘れないで下さい。』
どうやら羽根も固くなり、角の艶も一層増したというのに、この羽根を、角の威力を、僕は一度もためさずにこのまま終わるのだろうか・・・・・・
眩しいや、とっくに皆、寝ぐらに戻ったというのに、どうしたらいいんだ。おい、君、本当に死んじまったのかよ、頼むから、冗談だと言ってくれ・・・・・こんな姿で心中なんて、僕はいやだよ・・・・・おい、おい、答えてくれよ、何とか言ってくれよぉ・・・・・
僕が初めて這い出したのは、たしか、八日前だったかな・・・・先に出てすっかりここの生活に慣れきってるやつもいたし、ついニ、三日前にも、まだやわらかい茶羽根を引きずってるやつもいたなぁ・・・・・
君、どのくらいここにいたんだい・・・・・・
ここにいて、何かいい事あったかい・・・・・・
あるわけないよなあ。
君、本当に死んじまったのか?
ぼくたち一心同体だって?
死ぬまで君を愛すって?
はっ、冗談だぜ、夕べ初めて君に会った時、そんなような事言ったかもしれないが、そりゃぁ口説きの常套句だ、真に受けるやつがあるかよ・・・・・・
ああ、暑い、早くお日様が沈んでくれりゃいいのに・・・・でも夕方また仲間のやつらに見られたら、いい笑いものだよな。このまま道ずれかい? こんな死に方出来たら、男冥利につきるってかい? ――――― 笑うがいいさ、どうせ僕もあとわずかの命だ。こうやって静かに待つだけさ。体中痛くてしょうがないや・・・・・・
ふぅーっ、日の暮れまで、まだ時間がありそうだ。
どのくらい過ぎたんだろう、ああ、少しうとうとしたようだ。
狭いと思ったこの世界も、こうして僕等きりになってみると、あんがい広いもんだなあ・・・・・でもやっぱり、こんなところから早く逃げ出すべきだったのかなぁ、角折る覚悟でぶち当たるべきだったのかもな。
羽根もしっかりしてきた次の日だったか、すこしだけ羽撃いてみたが、これ以上は無理だなぁって思ったんだ。この壁をつき抜けて、飛んでいきたい衝動より、甘い匂いに引かれむしゃぶりついて腹を満たすと、何を今更・・・・・苦労してもがいてこの網を突き破ろうなどと、そんな馬鹿な考えを持つものか。
そりゃぁ、僕だって始めのうちは疑問を感じたさ、こんなに簡単に、空腹が満たされていいのだろうか・・・・・・羽撃いて、戦って、勝ち得て食う、そのためにこの角があるのじゃないか・・・・ってね。でも、鼻先にだよ、甘い糖蜜突き付けられりゃ、どんな立派なかぶとだって、ついふらふらっと引き寄せられるって・・・・・三日もすりゃぁ、これが当たり前だという事になってしまうのさ。
もともと僕らの世界なんて、狭い広いは関係なしさ、幹一本を縄張に、少ない樹液を守り、いつ来るあてない雌を待って、いく夜かの戦いに疲れ、しまいには朽ち木の陰に戻る力さえなくして、干乾びて死んで行くのさ。だけどここには有り余る食べ物と、その上を這う雌がたくさんいるんだ。ぶらぶらして満腹になり、力も付けば、あとは子孫繁栄のための定められた行動以外、僕等のする事は何もないのさ・・・・・
僕の行動はプログラム通りのはずだった ――――― 今日の未明まではね。
だが、君が違ったんだ、君が。 まさかこんな姿になろううとは・・・・・
やっぱりいやだ、こんなふうに死を待つなんて。僕はあの大空を飛ぶんだ、思いっきり飛んでみたいんだ。何とかしなくちゃ・・・・・僕は、僕は!
あーっだめだ、なんという運命だ。僕が何を悪い事したって言うんだ。僕は悪くない、悪くないっ、僕は悪くない! 悪いのは君だ! うーっ!
皮肉だなぁ、こうして自分の身が不自由になってみて初めて、生きている実感が湧いてきあがるなんて・・・・何でも充分満たされてるうちは、生きたいなんて思わなかったさ、自分にこんないい羽根がある事も忘れていたよ。生ぬるい世界にいちゃぁ、ろくな事ないや。
ああ、ようやくたそがれだ、風も少し出てきたね。君、さっきはごめん、つい言い過ぎた。僕が君を死なせたのかもしれないね。
もうどうなろうとじたばたすまい。しっかり君を抱きしめて、もう抵抗はすまい。静かに待つだけさ・・・・・・
そうさ、僕等一心同体さ、僕はこの世で一番嘘つきじゃない男になれたよ。
命の際まで君を抱きしめた紳士さ。
笑いたいやつは笑えばいいさ、この世の中に永遠なんてあるもんか、その希な永遠の愛を、僕は貫いたんだから・・・・・・
覚悟を決めたら少し気が落ち着いたよ。
それにしても、さっきから外で人間がうろうろして僕を見てるようだが・・・・そんなにじろじろ見ないでくれよ、やいっ、どうするつもりだ、手を伸ばしてきたぞ、おいおい、よしてくれ、僕、いや、僕等をどうする気だ!
おいおい、よしてくれ、よしてくれ、あ、あ ――――― っ っ・・つ・・・・
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これでは供養するどころか、神経を逆なでしたかも・・・・・
一研究スペシャリストの龍司君、こういうスタイルの観察記録は不合格でしょうかねえ・・・・・もっとも、ちょっと小学生向きではないですわねえ。
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