• 今日は数学の問題



       龍司の受験も終わり、ほっと一息。皆様にいろいろと励まし頂きどうも有難うございました。
       本人に言わせると、私が取り越し苦労のし過ぎだと言いますが、あの、練習に練習を積んだ原田選手でさえ、時として失速することを思うと、ぶっつけ本番の龍司なんぞ、スタート地点からけつまずいて真っ逆さまに転げ落ちるのではないかと心配はつきぬもの。
       発表の日ものんきに遅くまで寝ていて、合格を告げるとぼそっと一言、
      「予想通りの展開やに」
       と、寝ぼけまなこで答える。そのままよたよたとパソコンに向かう姿は、いつもと変わりなく、

        “かくて明け行く空の気色、きのふに変はりたりとは見えねど、引き替へめづらしき心地ぞする”
       と、年が改まったような新鮮な気持ちは私の心ばかりなり。

       受験勉強という言葉自体を毛嫌いして、本当に知りたい事、学びたい事だけを求めてきてこの態度だから、あっぱれ、あっぱれ。・・・・・とは、終わった今だから言えること。とりあえず、やおよろずの神に感謝。

       神といえば、小学校の修学旅行で京都に行った時、金閣寺で学業成就の御札様をみんなもらったそうです。龍司は、下敷きの間にはさんで、きれいに持ち帰ってきたのですが、弟の時は、私がリュックの中の弁当やら、お菓子のごみやらかたずけていて、一番下にくしゃくしゃに押しやられた紙があるので広げてみると、なんとそれが御札様。このばちあたりめ!
       今も神棚の横にふたつ並べてお祀りしてありますが、どちらが誰のか一目瞭然。一難去ってまた一難。ニ年後はもっと心配しなければならないみたい・・・・・

       ということで、とりあえず龍司に今の心境をインタビュー。

       卒業 ―――――
           「無所属・新。中学生でもない、高校生でもない、
            無所属・新になったなーって感じ」

       中学生活を振り返って ―――――
           「忙しすぎて、むかついている暇なかった」

       高校でやりたい事 ―――――
           「とくにない、今まで通り学校では普通に普通に。
            家ではソフト開発とか一研究とか。
            学校で特にこれがやりたいって事もない、
            ただ、数学がひとつだけ・・・・サイン、コサイン、タンジェント、 
            これさえ教えてくれりゃぁもういい。これだけ気になっとる」

       (こいつめ、まだ根に持っていたのか!)

       この、サイン・コサイン・タンジェント、小五の時から引きずっている問題。MS・Cに悪線苦闘していたころの話。
       マニュアルの中には、パソコンに複雑な計算をさせたり、図形を画面に表示させたりするためのさまざまな命令が解説されているわけですが、正の数、負の数、座標軸、X座標、Y座標、ここらあたりの事は、それまでのプログラミングの感で、充分理解して、自然と身に付いていました。
       関数、一次関数、二次関数、方程式、これはたいへんあやふやですが、本を読んだりするうち、何を言っているのかという数学的概念ぐらいはおぼろげながらわかっていたようです。
       問題は、サイン、コサイン、タンジェント。これがわからなくても、実際に関連するプログラミングに取りかかるわけではないのですから、別段何の支障もないのですが、それでも龍は、
      「この記号、気になってしょうがない、いったいこれどういう事なの、どういう時に使うの? 全然わからん、教えてよ」

       急に言われてもその記憶、猛毒の産業廃棄物のように、地中深く埋め込んでもう二度と掘り起こさない覚悟でいたもの。自分でもすっかり忘れ去ったものを、小学生に教えろとは、なんと無謀な・・・・・

      「そんなの、中学行って先生に習いなよ、今はまだ難し過ぎるよ!」
       と言いつつも、食べたい時が身になる時。できる事なら、解説してやろうかと、昔のノートをひっぱり出してきてはみたが・・・・・・ああ、やっぱりあかんわ。直角三角形における、正弦、余弦、正接なんて言葉かえてみても、それ求めてみたところで、いったいそれが何なのさ。実際どういう時に必要になるの?とは、こっちが聞きたい。

      「昔はお母さんだって、バンバンにできたよ!」
      (負け惜しみ)
      「今は?」 
      「今は・・・・・・」


      「ねえねえ、今まで生きてきて、これ使うような事あった?」

      「ないない、全然ない、ルート計算はお客さんに屋根勾配と材料の寸法のことで聞かれた時、使ったような気もするけど、それも最近じゃ、よくできた計算機があるし・・・・・・」

      「じゃぁ、抹殺するか ・・・・・ お母さんがこの年まで生きてきて一度も使わなかったということは、必要ないって事にしとくか ・・・・ あーっ、でも気になって、わからんとよけ気になって。第一どういう時にこれが必要になるかっちゅう事だけでもわからんと・・・・・」



       こんないきさつがあって、龍司は中学へ行ってから数学の先生にさっそく教えてくれと頼んだそうです。そうしたらやっぱり、
      「高校へ行って習え」
       とあっさり言われてしまったそうで、恨みのサイン、コサイン、タンジェント。

      「これに限らず、学校って教えてほしい事あっても、教科書以外の事は、なかなか教えてくれんのよね・・・・・・
       たぶん、高校も同じことやと思う・・・・・」

       おいおい、入学する前から、そんな夢のないこと言わないで・・・・・・
       わからない事は先生のネクタイ締め上げてでも、教わる覚悟で!
       でも龍司の、なぜ今教えてくれんのやっていう気持ち、よくわかる。高校行ってから、大学行ってから、っておあずけくっているうち、そんな好奇心も、のびたうどんになっちまうよね。その点、インターネットは『求めよ、さらば与えられん!』の世界だから、釘づけになるのも無理ないか。
       でもだからと言って、関心の無いものは、捨て置いていいという事はない。苦手な事でも頑張らなくっちゃ。嫌いな事は屁理屈つけて避けて通ろうとするのが龍の悪い癖。
        
       昨年の暮れ、小学校の時の担任の先生とお話ししていて、
      「あんたの勉強は、だいぶ偏り過ぎとるで、高校は普通科行って、普通の勉強した方がいいわ、普通科行きよ、普通科!」
       単純明解、わかりやすいアドバイス。確かに偏り過ぎている。
       そうよ、いろいろな事に見聞を広め、視野を広げることが、良いソフトウエア作りにもつながるのだから。やっぱりまた、初心に戻って、例のちょっと臭いセリフを言わなくっちゃならない。
      「大切なのは、耕すってことなんだね ――――― 」

       高校へ行って多くの人とふれあい、五感を、いや六感までフル活用して何でも吸収すること。時には恋に落ちたりもする。それもまた良し。

       それにしてもサイン、コサインはしゃくにさわるから、この際、入学前にその筋の人にお願いして、完全攻略しておいたらどう?
       もっとも、そんな余裕ある態度していられるのは今のうちで、さらにその先には、コタンジェント、コセカント、ラジアンだのヘロンだの、微分、積分ときた日にゃぁ、もう用語の渦に翻弄され、七転八倒のた打ちまわる日々が必ずや来る。しかと覚悟しておきたまえ・・・・・(はっはっは、お母さんの行く手には、もうそんな算式の苦労は何もない。らくちんらくちん)

      (その筋の人=他校の数学の先生でホームページを開設していらっしゃいます。お立寄りください)


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       金閣寺の御札様をくしゃくしゃにして持ち帰った次男の話。

       同じく小学五、六年生の頃、『さんすう』の宿題を声を出して読んでいたのを、私は横で何気無く聞いていて・・・・・

      「えーっとなになに、1リットルで4.5平方メートル塗れるペンキがあります。7.2平方メートルの壁を塗るには、何リットルのペンキが必要でしょうか?
      あっ、わかった、簡単や、答え 2リットル。
      はい、次っと・・・・・・・」

      「ちょいまち、なんで計算もせず、そんなにいいかげんに答え書くの?」

      「えっ、だってそんな細かい事言ったって、ペンキってひと缶づつしか売らんら?
      もし、余ったら、しっかり蓋しとけば、またあとで使えるら。足らんとまた買いにいかんならんけど、2リットルあれば大丈夫」

       次男は、いたって真顔。そして、これ以上計算しようという気もなければ、がんとして答えも変えない。これでいいと言い張る。
      この子もあっぱれ。
       
       たしかにペンキは、はかり売りはしないし、金物店の立場から言っても、しっかり蓋をしておけば一年くらいは充分もつ。買い物に来て、2リットル入りひと缶と即決できる人こそ、こちらにとっては有難いお客様。
       これって、生活力から見たら、三重丸、『たいへんよくできました』
       でも、学校では、×、×、×、×、×、『もっとがんばりましょう』

       いるんですよ、ペンキ買いに来てどれだけ必要か、なかなか決められない人。缶に書いてある「ご使用のめやす」をじっくり読んで、一生懸命計算して、少しでも無駄のないようにと、たとえば2リットル缶ひとつと0.7リットル缶をふたつ買って行って、結局ほんの少し足らなくって、あとでまた小さな缶を買いに来る人。それだったらはじめから2リットル缶ふたつのほうが安いっての。めやすはあくまでめやすであって、ペンキというのは、その日の天候とか、塗る下地の材質や状態によって必要量が変わるのですよ。おっとっと、そういう話しじゃぁなかった、次男にとっては、この問題がそういう意味のことを聞いているのではないという、根本的なことすら理解できていない。算数以前の問題!

       一事が万事、彼はこの調子でかなりaboutな生活をしてきて、その性格はちょっとやそっとじゃ変わりそうもない・・・・・日常の常識からちょっとはみだした“おちこぼれ”的存在ではあるが、でもたとえば、阪神大震災のような有事の時、いちはやく瓦礫の下から這い出してきて、鼻の下すすだらけにしながら、火を焚き湯を沸かしてくれそうな力強さをもっている。

       次男、三男にとっては、プログラミングも、サイン、コサインも、はるかかなた銀河系の外の話しで、ひとつ屋根の下に住みながら、まったく関心を示さないが、居間に集まれば、どいつもこいつも小犬のようにじゃれあいながらにぎやかな毎日が過ぎてゆく。
       ひと一倍、いや、ひと二倍くらい、皆良くしゃべるので、私の耳は忙しい。
      「ねえ、お母さん・・・・・」
      「ねえ、ねえ、ちょっと、お母さん・・・・・」
      「ねーえ、お母さぁーん・・・・・」
       時に喧嘩の仲裁を求める声、時に空腹を訴える声、時に私を非難する声。えーい、何なりと言ってきあがれこのやろうども!かたっぱしから、やっつけてやろうじゃぁねえか!  但し、サイン、コサイン以外でね。

       男坊主三人もいると、どうも最近私まで言葉使いが荒くなってしまって、昔は蚊の啼くような声しか出さないおとなしい子と言われてたのですがねぇ・・・・・・・

         おっと、もうひとり一番やんちゃ坊主を忘れてた。

      「おーい、お母さん、ビールが切れたぞー・・・・・
       するめ一枚焼いてくれー!」

      ・・・・・・・・・・
       聞こえないふりしておこうーっと。


      平成10年3月29日



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