龍司曰く、
      「中学生で、ホームページを持っている人は僕が知るだけでも何人かいるんやけど、そういう人の父親というものは、貿易商で海外在住経験があるとか、商社マンで毎日Eメールで交信する事が多いとか、プログラマーとかなんやて・・・・・・・」

       おっとっと、お父さん、飲んでいたビールを思わずこぼしそうになり、ぎくっ・・・・・ジロッ、
      「よーし、お父さんもこれからパソコンやるぞ! おいちょっとパソコンかせれ」
      「こずかいためて、安いの買えば。パチンコ行くのやめて、その時間とお金をこっちに使えば、ワープロくらい打てるようになるかもしれん。ワープロなら、古いパソコンでできるから、じゃあ今夜からでも始める?」
       お父さんますます窮地に立たされる。
       うちのお父さん、富士通のパソコンのコマーシャルのアニメおやじをご想像いただければおわかり頂けるのではないかと・・・・まああんな感じ。パソコンどころか大の機械音痴でコードのプラグひとつ直せない。たまーにビデオの予約録画なんかしてたりすると、ぜんぜん見当違いのが録画されていたりする。
       でもお父さんの名誉のために付け加えれば、仕事だけは本当によくやってくれてます。金物屋の営業兼、配達係兼、仕入れ係兼、兼、兼・・・とにかくよく動き回ってよく働き、多少口は悪いが、善良なる“おやじ”であります。そしてまた、家族を大切に思う愛情の深さにおいては誰にも引けを取りません。まあこうやって子供とともにお父さんにちくりちくりと針さすような言葉遊びをしても、口のまわりビールの泡だらけにしてにこっと笑って動じない。
      「いっくらパソコン出来たってなあ、人間死ぬ時ゃ死ぬんやてぇ・・・・」
       あたりまえといえばあたりまえ、トンチンカンといえばトンチンカンな言葉をはいて、

       「死ぬ時ゃ死ぬで、死ぬまで頑張れ!」


       こんな父親ですが、パチンコ以外にもひとつだけ趣味があります。それは家庭菜園です。これがまた実に不器用なので見ていて愉快でなりません。(いままでのは前振りで、ここからが吉本龍司の父親像を如実に語る本題になります)

        
       本人の談によると、子供の頃母親の畑仕事を手伝ったり、父親にかわって家族が食べるだけの田んぼを面倒見ていたという事ですがどこまで本当か、十八歳で故郷を出て以来、三十歳になるまで、農業についての知識、経験皆無で、この年からはたと思いついて家のまわりを堀返し始めました。ちょうど龍司が産まれた昭和五十七年夏の事でありました。
       
       1.過去の作付面積
        庭の隅にあった、ちいさな畑およそ十坪。
        坂下女子高校の裏手の山にある荒れ地を開墾しておよそ二十坪。 
       2.現在までに栽培を試みた作物
        トマト・じやがいも・レタス・きゅうり・なす・ししとう・ピーマン・サラダ菜・水菜・ほうれん草・みつば・きく菜・長いも・大根・二十日大根・かぶ・野沢菜・おくら・えんどう・ささぎ・枝豆・いちご・すいか・しいたけ・なめたけ・しめじ・キャベツ・さつまいも・かぼちゃ・はくさい・玉ねぎ・長ねぎ・みょうが・メロン・・・・・         
                           
         
       このような作物をいつも同じだけ作っていたのではありませんが、畑の空きがある限り、入れ替わり立ち替わり何かしら手がけて次々とためしてみたといったところでしょう。収支決算はいつも赤字で、苗や肥料代以上にとれたためしは少ないのですが、中でも笑ってしまうエピソードをいくつかご紹介しましょう。     

      「これ三ヶ月か四ヶ月も前に種蒔いて、一生懸命面倒見たんやけどちっとも大きくならなんだ・・・・・・」
       と言ってがっくり肩を落として私のもとへ持ってきたものは、なんと二十日大根。サラダなんかの色どりに添えるラディッシュ。もともと親指ぐらいの大きさにしかならないものを、この人はいったいどこまで大きくしようとしたのか。山の畑で作っていて、私も知らなかったものだから、丹精込めて、九十日も百二十日も育てたおかげで、本来なら色あざやかに水々しいはずのその肌は、象のように硬くなりひびがはいって、歯の立つようなものではありませんでした。

       長いも、とくにとろろごはんは大好物で、これを大量生産しようとしない手はありません。仕事で配達に行った先で作っている人に聞いたり、NHKの昼の番組なんかでやっているいも作り名人の話に聞き入ったり、一応上手に作るためのリサーチは欠かしません。畑はなるべく深い所までよく耕す、いもが曲がらないで、収穫の時も掘りやすいようにするために塩ビパイプを埋め込んでその中へ種いもを植える・・・・・のが最近の新農法(?)肥料のやり方、気候のあんばい、微にいり細にわたり注意をはらい、時を経てさあ収穫。はやる気持ちを押さえて、塩ビパイプを掘り出して見ると、はたして・・・・・たしかに新いもには違いないが、それは植えた種いもより小さかった。

       小さかったものだけではありません。たまには、立派なのがとれる事だってあるのです。殺傷能力のありそうなおくら。
         おくらというのは、熱帯性の植物なのか、猛暑だと茎はけっこう太く背も高く育つもので、花も黄色の美しいのが咲きます。おくらが出来たというので一緒に行って見ると、なんとジャングル! おくらの幹をかきわけかきわけ、とりあえず短剣のようなものを収穫。
       ところがこれがおいしくない。繊維がこわくて口に残る。やはりほどほどに上品なやつを願いたい。そういえば、ジャンボしめじとか、ジャンボなめたけも取れたっけ、汁椀からはみ出しそうなやつ。

       そうそう、ほどほどに上品なやつがとれる事だってあるのですよ。
       レタス、これはたしかに製品としては満足な出来。お父さんにしては満点合格。でもね、これはきゅうりやなすと違って毎日少しづつ採れるのではなく、みんないっきに食べ頃になってしまう。ほうっておくと畑で腐ってしまったり、虫が付いて穴だらけ。ご近所におすそ分けしてもまだあまる。もう少し家族の人数を考えて植え付けてね。
       かくして、冷蔵庫の中はレタスだらけになるのですが、こういう時、レタスを包んだスーパーのちらしなんかに、《レタス特売 一玉 五十八円》なんてあったりすると、むなしいですよね。お父さんは一本八十円で苗を買ったのに・・・・・お父さんでも運良くうまく作れたような時は、全国的に豊作なのだ。お父さんにはレタスの相場を伏せておこう。

       まあこんなような試行錯誤を繰り返し、農業というよりも、理科の栽培実験のような耕作。家族に手作りでうまいものを食わそうという意欲と、子供のような好奇心は誉めるとして、日本の農業の将来展望よりももっと厳しい現実に、七年ほど前から野菜類の栽培はあきらめたようです。(年を取って腰も痛くなってきたし)けれどもこれで農業を捨てたわけではありません。山の畑はちょっと手を抜くとすぐ雑草に負けるので耕作はあきらめたけど、家のまわりのわずかなスペースで果樹栽培。それから庭にわずかながらも芝生の絨毯を管理。大きな方策転換でありました。
       現在のところ栽培品目は、プラム・ソルダム・各一本、巨峰三本、りんごニ品種、びわニ本、さくらんぼ、他に梅、あけび、ゆずなどもあります。
      「はやく目を出せ柿の種、出さぬとはさみでちょん切るぞ」なみに、暇さえあればいつも眺めているので、いくら植物でも神経まいるぞ、と思うのですが、芽がでた、葉が出た、花咲いた、と事あるごとに大騒ぎ、いちいち、私や子供逹を呼び付けては自慢するのです。かいあって(?)最近ぽつりぽつりと実がなるようになりました。
       なにしろなっている数が限られているものですから、色む前から誰が食すか決めてある。これぞまさしく先物取引。風雨や害虫、ムクドリにも狙われて、確実に口に入るかどうか、リスクは大きい。運良く食べ頃の実がとれたあかつきには、お父さんがみんなの鼻先に持ってまわって匂いをかがす。
      「どうだほれ、いい匂い、いい匂い、幻の一品」
       数が少ないだけ栄養が一身に集まるから、間違いなくおいしい。
      「せめて全員に一個づつ食わしてくれくれよな」
       という子供逹の声を尻目に今日も庭に出て眺めている。
       
       いいのよいいのよ、ゆっくり大きくなってくれりゃぁ。そのうちみんなこの家出て行って、それぞれ家庭持った時、その頃たわわに実ったプラムやぶどうを口実に、
      「おーい、じいちゃん、ばあちゃんじゃ食べきれんで、食べにこいよーっ」
       と孫たちを呼び寄せる。お父さんは、そこまで将来設計?をしているのだよ。
       でもひょっとしたら、その頃になっても孫に腹一杯食わすほど出来なくって、近所の店で買ってきて、あわてて値段はがしてざるに盛っておきそうだ。いやいやかわいい孫が来るとなれば、さくらんぼなんか、一晩かかってもアロンアルファーで木にくっ付けておきそうだ。

       ぶきっちょでも人のいいお父さんなのだ。 
       以上、お父さんの明るい農村でした。

       はたして、豊作の日はくるのだろうか・・・・・・ 


      平成9年4月31日
            

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