尾巻き(握)


▲尾巻き附近
 木曽川の握の吊り橋の川下に、尾巻きという渕があり、その渕の横に猿の鼻に似た猿鼻岩かあります。

 さてさて、ある冬の夕暮れのことです。一匹の腹ぺこの猿が川原へおりて来ました。何か食う物かないかとキョロキョロしていると、どこからともなく川魚を焼く匂いがしてきました。猿は鼻をピクピクさせながら、匂いのするほうへ行くと、川獺(かわうそ)が大きな岩の側で焚火をしながら川魚を焼いていました。腹ぺこの猿は、
 「すまんか、魚を一匹くれんか。」
と頼みました。川獺は猿を上目づかいに狡そうな顔をして、
 「お前は、この間俺が腹すかしていた時に、(栗くれんか)と頼んだか、一つもくれなかったじゃないか。」
と、鼻をひくひくさせていいました。がっくりした猿は、どうしても食いたいので、
 「そんなら、魚を捕るやり方を教えてくれんか。」
と頼みました。川瀬は焼き魚をうまそうにほおばりながら、わざと考えるふりをして、  「そんなら、しゃあないで教えてやるわ。」
と大変もったいなぶって言いました。
 「寒い夜になあ、木曽川の冷たい水にしっぽを漬けておると、だんだん底冷えがしてくるが我慢していて、明け方になると、何かしっぽのへんが、もぞもぞしてきて重とうなってくる。それから、力一杯しっぽをぬけ。そうやったら、俺みたいにたくさん魚を食えるようになる。」
 これを聞いてよるこんだ猿は、早速、魚を捕りに行こうと思いついて川の流れの方へ行きました。
 大きな岩を登って見ると、下には大きな渦が巻いておりました。猿は、大きな岩の隅っこへ行って、ぽつんと座ってしっぽを流れにまかせていました。
 だんだんあたりが暗くなってきて、星が一つ二つと見えてきました。猿は、寒いのを我慢して、じっと腕をかかえちぢこまっていました。寒くてしっぽかちぎれそうになりました。それでも、腹ぺこの猿は、魚が食べたいばかりに流れからしっぽを抜くことをしようとしませんでした。
 そのうちに猿は、うとうとと眠ってしまいました。夜が白々と明け、あたりが明るくなってきました。猿はふと目をさますと何かしっぽのへんがもぞもぞしているようです。猿は川獺の言ったことばを思い出し、(こいつぁたんと魚がかかったかもしれんなあ)しめたとばかり力一杯しっぽを引き抜こうとしました。
 ところか、重くて重くてなかなか抜けません。猿は、(これは、たくさん捕れるぞ)とばかり力一杯腰を上げるとプツンという音がして何か軽くなってきたようです。ふりかえってよくみると、氷の中に茶色の物があります。それは魚ではなく、まぎれもなく自分のしっぽでした。猿は、しまったとばかり何とかしてとりもどそうと魚をつる時のように岩の渕に腰かけて、氷づけになってしまったしっぽを眺めていました。
 やがて、日がのぼり始めると、だんだん渕の氷も解けてきました。すっかり氷が解けてしまうと、猿のしっぽは流れの渦に巻かれてぐるぐるとまわり始めました。猿は、どうすることも出来ずに残念そうにしっぽを見送っていました。



参考文献と話を開いた人
みかえりの松……坂中文芸部
林彦太郎(握)