勝負が池(高峰山)


 中外から林道をどんどん進んで行くと、開発された高峰高原に出ます。別荘地を左へ折れながら上へ行くと、恵那山がとてもきれいに見えるところへ着きます。
 道路からはずれて、昔の道を六、七十メートル奥へ入ると、二畝位(約三アール)のひっそりした湿地があり、そこが勝負が池といわれております。
 まわりは松が中心に生い茂り、潅木もその間を遠慮なくのびており、笹も生い茂り、大雨でも降れば二、三日は水がたまっております。
 秋になると、この附近は地蜂や茸の楽しい場所になります。


 暑い夏も過ぎ、秋も深まろうとしている時、高峰山の市の沢にある氷餅屋の様子を調べにきた二人の侍がおりました。
 一人はたいへん憶病者で、もう一人はこれまたたいそう気の強い侍でした。
 城を出るから、言い合いばかりしながら歩いて氷餅屋近くまできました。気の強い侍は、「貴様先に行って、家の中の様子をみてこい。」
そういうと憶病な侍は、
 「貴様こそ、先に行って中をよく見てこい。」
気の合わない二人は、ますます争いが激しくなってきました。そこで二人の侍は、何時まで言い合いをしてもだちがあかんので、腕相撲で勝負をきめることにしました。始め勢い込んでいた憶病な侍は優勢であったが、力が尽きて負けてしまいました。気の強い侍は、それは当然であるかのような威張り顔で、憶病な侍の行くのを一服しながら待ちました。
 憶病な侍は、負けてしまったからには仕方がありません。しぶしぶ立ち上がり、一歩一歩歩いて小屋に近よりました。もうそんな時には、血の気はありません。最後の勇気を振りしぼり、からくり悪い戸を開けると、中には白蛇が真赤な舌を出してこちらをじっと見つめているではありませんか。憶病な侍は、手足ががたがた震えたと思うと、真一文字に気の強い侍の所へ戻ってきました。
 それを見ていた気の強い侍は、腹をかかえて笑い、
 「たあけめ!白蛇なんているもんか、もう一度行って見てこい。」
そう言われた憶病な侍は、
 「貴様こそ行って、よくよく見てこい。」
といいました。気の強い侍は、平気で行って中をよくのぞいて見ても、どこを見ても蛇どころか何もおりません。帰ってきてものすごい勢いで、
 「貴様!よくも拙者をだましたな。侍のはじ知らず者め。」
そう言われた憶病な侍は、たまったものではありません。
 「拙者、うそなんぞ言わんぞ、本当に見たのだ。」二人はどちらも引きさがりません。そのうちに勝負が池のほとりに出てきたかと思うと、とうとう刀をぬき合ってしまいました。
 切り合いをしているうちに、そこを猟師が通りかかりました。侍はしめたと思い猟師に
 「おい猟師、ちょうどいいところを通りかかった。今、拙者共は勝負をしているのじゃ。立ち合いを頼む。」
そう言われると、猟師はびっくりこいて尻餅をつきました。見た事もなければ、どうする事も知りません。ぶるぶる体が震えるばかりです。侍に無理やりにやり方を教わると、心を決めて、
 「えーお立ちい。」
というと、侍は刀を振り上げて、にらみ合いをしてじっとかまえております。猟師は驚いて、
 「おひきいー。」
と言うと、刀をおろしたままでじっとしています。
 「お立ちいー」
 「おひきいー」
と言っているうちに秋の陽は早く、とっくに高峰山の向こうにかくれ、あたりは暗くなってきました。二人の勝負に立ち合っていた猟師は、おそろしくなって後ずさりをしながら、できるだけ大きな声で、
 「お、立ちい!。」
と言って、一目散に我が家へ帰ってしまいました。
 それからというものは、猟師はおそろしくておそろしくて山へは行こうとしませんでした。
 何か月か過ぎたある冬、侍のことも気がかりではありましたが、好きな猟もしたくなって、勝負か池の近くまで雪を踏みしめて来ると、チカーと光るものを見ました。そばへきて見ると、まだ「お立ち。」の姿で白くなったまま立っているではありませんか。驚いた猟師は、
 「おひきー。」
と言うと、カラカラと音をたてて雪の上にくずれ落ちました。
 それで、その池を勝負が池と呼ぶようになりました。




参考文献と話を開いた人
東海の民話……毎日新聞社学芸部編
みかえりの松……坂中文芸部
二人のさむらい…三戸律子著
林 彦太郎(握)