ふるさと坂下の発刊をよろこんで

 鎌田先生の“坂下の伝説”が、当時の広報及び新聞に掲載され始めたのは、昭和四十七年の正月号からでした。
以後翌年の十二月迄まる二年に亘って、町内のあちこちに伝わる伝説をユーモアたっぷりの坂下弁で毎月掲載されるのを拝見するのがとても楽しみでした。
 同じ町で生れ育ちながら、私などその中のほんの一部しか知らなかったので、とても新鮮な気持で拝見したものでした。このような話しが、いつ頃何処で生れたかは知りませんが、恐らく昔の親達が子供に、お祖父さんやお祖母さんが孫達に囲炉裏を囲んでの夜業の傍で、あるいは炬燵(こたつ)や寝床の中で幼い子供達に語り継がれて来たものに違いない思いがいたします。いずれも地域の色濃い匂いのするものばかりで幼児達はそんな話しを繰返し聞かされたことでしょうし、亦幼児もせがんで聞いて育ったものと思われます。時には天井から吊した煤けた自在鉤の鍋からは、煮こもりの匂いが漂う中で、孫を膝にしたお祖父さんが囲炉裏の灰を掻き寄せてその上に燠を立てて、ノンノ様(神様)だと拝む真似をして見せ乍らいろいろとたあいもない話しをして笑わせたり、川の中にオシッコをすると、チンチンが曲るぞと教えたりしたものでした。今想うと、それは遠い国のお伽話の世界を見るようで何とも言えない和やかな微笑ましい風景であります。思わず横道へそれましたが、その後先生は五十一年一月から五十二年六月まで“消えゆく生業”のテーマで町内産業の移り変りを掲載され、之亦大変に興味深く拝読いたしました。
 このように、先生が長い教師生活の中で隙を見ては集録された貴重な労作を纏め、今日“ふるさと坂下”と題して記念発刊されますことは、誠に得難い快挙であり、次代を背負う子供達への素晴らしい贈りものだと存じ心からお祝を申しあげます。舌足らずで意を尽きず恐縮ですが、発刊に際してのよるこびのことばといたします。

昭和五十九年吉日
前町長  吉村 薫